いっちゃんの
    ぶらっと・ひと歩き・・
Blowin' in the Wind 2015
2015. 5. 3(日)  青梅の大祭・・ 青梅の大祭・・山車巡行と競り合い・・

連休の3日は木更津舞尊・東京ウオーキングフェスタ等々の行事が目白押しでした。今年は東海道を共に歩いた青梅のHさんから声がかかり東海道同窓会の仲間18人と青梅大祭の見物をしてきました。

Hさんは1月に大きな手術を受け、2月初めに退院しました。このお祭りでは「手木(拍子木)打ち」の大役を受けたと喜び、「ぜひともみんなに晴れ姿を見てもらいたい・・ご家族、仲間の心配も吹き飛ばす活躍で無事にこの大役を果たしました。


山車の前で・・
日向和田の山車 競り合い
拍子木打ち・晴れ姿

舞い
競り合い

「手木(拍子木)打ち」は、「析頭(きがしら)」と呼ばれ両手に握った手木を振ったり打ち鳴らすことで、山車・隊列の発進・停止・方向転換・速度の調整・笛、太鼓演奏の指揮など山車の運行の指揮を直接行う運行の要となっています。

山車の競り合いの踊りとお囃子の太鼓・鐘は見応え見見応えだありお祭りの雰囲気を充分味わえた。

和みの時・・ 競り合い 眺める・・ 白狐舞い 競り合い 競り合い

青梅大祭の始まりは、旧青梅宿「青梅村」に位置する住吉神社は住吉山延命寺の鎮守として応安2年6月に創建され、その後、永正10年3月28日(1513年・室町時代)青梅村の鎮守の神様となり、村民が拝殿等の改修工事を施工し、その完成を祝い五町村の氏子村民多数が祭り事を計画して実行、これが、春季例大祭の始まりと言われ、現在の青梅大祭につながる山車巡行祭礼となった。

競り合い

粋・・

粋・・
競り合い 舞い
出番を待つ

住吉神社の氏子である五町(現在、山車人形を所有する住江町・本町・仲町・上町・森下町)で山車を曳いたのが青梅大祭の始まりです。
山車人形は江戸末期に青梅の産業であった青梅縞などで活況を呈していた商人達が買い求めていたと言われています。

稚児たち・・ 揃い踏み・・ 山車巡行・・ 競り合い 競り合い
隊列を整え・・

山車人形は江戸の人形師達ちが腕を振るった傑作揃いで、明治の終わりまでは山車の上に高く飾られて巡行し、豪華さと絢爛を謳われたものです。その後、電線が張られるようになると山車は現在の屋台方の形での巡行になり、山車人形は町内に飾られるようになりました。

戦後になり、滝ノ上町・大柳町・天ヶ瀬町・裏宿町そして西分町・勝沼町・日向和田も加わり、12台の巡行となっています。

以上・・熊野神社にてお祭りの法被を着た地元の古老に聞いた話です。


出発
お詣り・・
威風堂々
稚児たちも 競り合い
競り合い

午前の部は10時30分、青梅駅改札口集合で駅前でHさんとご挨拶・・元気そうな姿に参加した仲間は安心していました。

駅前で約1時間の競り合いを見物し、住吉神社まで山車について歩く。住吉神社にお参りし昼食タイム・・どこも混雑なので14時まで自由時とし、午後の部14時30分に再集合。全員そろって午後の見所、熊野神社での競り合いを見物するため移動、途中、資料館などを覗きながら山車の到着を待つ。六社の山車が揃うと笛太鼓のお囃子に踊りで競り合いが始まる、神輿の祭りを見慣れたものにとっては新鮮であり、興奮するものであった。


宮ノ平前で・・
お囃子と舞い H邸前で 大役を終え・・ 晴れ姿・・ 午前の部撮影会・・

競り合いが終わるとそれぞれの地区に戻る、ここからは飛び入りで山車を引くことができた。みんな童心に戻り「わっしょい!わっしょい!」と声をかけ山車を引く・・坂道を2か所の登ると宮ノ前駅前に着く、Hさんの自宅前である。

休憩の間にお神酒(澤の井の樽酒)・豚汁・おつまみ、お赤飯などのご接待をただく・・美味しかったです。

山車を見送り、Hさんの自宅でお祭りのご馳走をいただく。忙しい中本当なありがたく、美味しくいただきました。


 

2015. 1. 7(水)  七福神めぐり・・  

今年の七福神めぐりは江戸最古の谷中七福神で有名な谷中へ・・東海道の仲間との初歩きの下見です。
正月恒例の「七福神めぐり」を11日の東海道を歩く会の「谷中七福神めぐり」の下見を兼ねて
幹事の飯能のKさん、光ヶ丘のOさんと3人で歩いてきました。谷中七福神は江戸最古で人気のある七福神です。

JR田端駅北口 田端文士村記念館 東覚寺・赤札地蔵 福禄寿
青雲寺
青雲寺

田端駅北口改札に集合・・曇り空は少々寒かった。駅前のレストランで昼食と打合せ。

恵比寿神
滝沢馬琴筆塚の碑
青雲寺・本殿 布袋尊 壁画 ラクダとガンダム

赤札地蔵の東覚寺「福禄寿」さんからスタート。意外と参拝客は少なかった。御開帳は10日までとの事だった当日はお参りだけになる・・
青雲寺「恵比須」さん・・恵比寿さんより有名なのが「赤札地蔵」、お願い事が叶うと赤いお札を貼ってお礼参りをする。
地蔵さんが見えないほど赤い紙が貼られている。
修性院には大きな「布袋尊」・・見事の一言である。お寺の外壁には布袋さんのタイルがはめ込まれている。

修性院を出ると右側の民家の屋上には「らくだ」と「ガンダム」が見える・・その先は「夕焼けだんだん」の谷中銀座に続いている。

谷中銀座 夕焼けだんだん 喫茶店
雑貨屋
夕焼けだんだんから 長安寺

お惣菜・菓子、八百屋、日用品のお店、食堂などが並ぶ、古き良き時代の商店街である。
長安寺
は本堂の高いところにはめ込まれた大きな「寿老人」、狩野芳崖の墓がある。
長安寺の前の道を進むと谷中墓地に入る。有名人のお墓が多いことでも知られている。墓地ののはずれ(JR日暮里駅側)には
「毘沙門天」天王寺・・本殿の廊下には主と言われる猫が昼寝中だった。谷中墓地のメインストリート?を上野方面に歩くと五重塔跡、川上音吉、高橋お伝の墓がある。その先の奥には徳川14代将軍慶喜の墓所と慶喜の子供たちの墓が並んでいる。

寿老人
狩野芳崖の墓
天王寺山門 天王寺・毘沙門天
毘沙門天
寺の主?

墓の形は天皇家と同じ神道の形である。葵のご紋も「講釈」を聞くと興味深いものがある。
元の道に戻り直進、交差点の左側には「吉田屋酒店」跡の資料館がある。右折した先のT字路の右側は、大きな「大黒天」が祀られている護国院である。本殿の真ん中に祀られている。「撮影は真ん前・真正面でいいですヨ」快い返事が戻ってきた。

天王寺・本殿 五重塔跡 慶喜の墓 慶喜の墓所 吉田屋跡(資料館) 内部

谷中七福神は七神とも「お寺」である。どこのお寺さんも撮影OKなのでご本尊の写真も撮れた。

護国院 本堂 大黒天
不忍池弁天堂

堂内
大黒天堂

池之端へ向かうと下り坂の先に動物園、不忍の池に囲まれた、寛永寺(不忍池弁天堂) 「弁才天」がゴールである。「色紙・御朱印は10日まで」とのお話でした。



2015. 1. 1(木)   初日の出と初詣・・
元旦恒例の木更津港中の島大橋からの初日の出・・初日の出を拝んだ後は八釼八幡神社へ初詣に行って来ました。

親父のお正月・・

「もういくつ寝るとお正月♪・・」 小さい頃は、お正月が楽しみで、お正月にはそれなりの風景がありました。今は凧の上がっている風景も見られません。母親の作ったおせちはご馳走でしたが・・いまは老舗の豪華?三段重が正月のテーブルに・・子供たちは手を出しません。親父の酒のつまみです・・

元日は裕美さんと娘は横浜へ・・二日はアウトレットへ・・バーゲンで安いと正月吉例のお買い物です。二日は裕美さんと息子で川崎大師へ行くそうで、三が日は一人のんびり・・お正月を満喫です。

あけましておめでとうございます・・


東の空は・・
初日の出は 見られませんでした 筑波山も・・ スカイツリー

いつものように朝が来きました・・暦は2015年・平成27年そして未(羊)年、一年の始め一年に一度の日です。例年のように(と言っても今年は一人・・裕美さんは足を痛めていた長距離ウオークはお休み・・)初日の出を拝みに・願い事をお願いに行きました。日の出は6時50分頃・・気温2度、北西の風7m・・中の島大橋は200人近くの人が初日を待っていました。

港の夜明け 富士山は・・

6時に家を出て、中の島大橋最高点に着いたのは6時40分・・待つこと10分、残念ながら元旦の太陽は雲の中・・しばらく待つも、初日を拝む事は出来ませんでした。徐々に濃くなるオレンジ色の空と雲が日の出を思い起こさせてくれました。

丹沢の山並み 恋人の聖地 八釼八幡神社

周囲の老若男女・善男善女も残念そう・・365日の始めの一日は寒い中・・みんなが「頑張った物語でした。みなさま・・今年一年良い年でありますように!


港から

常夜灯

三種混合??
蠟梅が咲き始めました 初雪・・

初詣は源頼朝・日本武尊(ヤマトタケル)縁の神社で木更津地方の総社です。ここ数年(退職してから)元旦は初日の出を拝み、その足で初詣・・7時過ぎ・・初詣のお参りの人たちも一段落の時間にお参りできました。

今年の願いは・・「自分の気持ち・生き方に無理なく過ごせるところで生きよう・・」です。おみくじは「吉」でした。



気の向くまま・・足の向くまま・・暇な時間を歩きたい。時間はたくさんある・・
今まで行けなかった所、行きたい所・・各地の花便りやイベントを聞くと歩き
たくなる。一人でもいい・・友がいればもっといい・・
自然と風景を相手に・・ひとり言・・時には友と会話を楽しみ、カメラ片手に
「ぶらっと・ひと歩き・・」
知らない街を 歩いてみたい
   どこか遠くへ 行ってみたい