日常でふと思ったこと考えさせられた事を書き綴ってみました・・
世間ではブログとやらがはやっているらしいが・・ブログまでいけないフロクかな。
個人の思い入れなので感想・意見等を書き込むことはできません。
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    与三郎の
  this and that 2  

This time is the best today 「今日この時が最高!」
君(data)去ることなかれ
硬く閉ざした心を開いておくれ
 No20 続・データの消えた日   2007. 1.23 記
 
 なんとか復旧できないものか、あれこれと手を尽くしたが・・わが技術は我を見捨てた。 あぁあー

 技術畑で育った者は「機械」「技術」を信じている、中には信奉者もいる。それはそれでいいが・・
 時折、稀に、たまたまではあるが(在ってはいけないことだが)見事に裏切られる。


 読込不可・書込不可・フォーマット→とんでもない!

 メーカ : バッキャロー(ゴメンナサイ)
        全ての機種に対応可にした(ヴァージョンアップ・全てのOSに対応)
        
 男と女ではないけれど「ゴメンネ!ちょっとすねてみたのォ〜」なんて事はないよな〜・・


下が今回の主役
 No19 データの消えた日   2007. 1.22 記
 
 何気なく立ち上げたPC・・読み込めるべきデータが読めない・開けない「おいおい・・どうしたんだ」
 呼べど答えず応答なし・・
 「備えあれば憂いなし」とは、よく言ったもんだ・・昨夜、そろそろバックアップとは思ってはいたが、
 先延ばしにしてしまった(決して晩酌のやり過ぎではないで〜す)

 覆水盆に帰らず・・「あのデータは何処へ言ってしまったのでしょうか?」
 なぜ消えたか読込不可になったかは不明・・懸命の復旧作業も敵わらず、10日分のデータは元に
 戻ることはありませんでした。
 データは新ホームページの最後のまとめをした肝心の部分・・しかも下書きなしで直接書き込んだ
 部分であった。「まっ・・しょうがね〜えか
」で書き直してしてはいるが。

 文章はその場で思ったままを書けば迫力はあるが・・あとで思い出しながら書くと良い部分だけ残り、
 迫力に欠ける結果となるのではないかと心配・心配・・

 No18 大寒(だいかん)   2007. 1.20 記
 
 大寒(だいかん)は二十四節気のひとつで1月20日頃・・この日から立春までの期間を言うそうで、
 太陽黄経(難しい)が300度、寒さが最も厳しくなる頃をさすそうです。
 寒のど真ん中、一年で最も寒い時期、この頃になるとテレビのニュースでは寒中水泳・ 寒稽古の
 様子が放映され、今日、某テレビ局では館山での寒中水泳に模様を放映していた。

 毎年この頃になるとダウンのコートの出番となる。軽くて暖かいので内に着るものは薄着でよく、
 楽である。土日の通勤もこれである、平日のスーツとコートとは暖かさが違う。
 昨日、東京ディズニーシーに行ってきた。予報より風が強く冷たく感じ、陽も思ったよりも照らず寒く
 感じるようだったが、ダウンコートと名ナビゲータの案内で9アトラクションと4ステージのショーを楽し
 むことが出来た。

 No17 ・・冒険旅行・・   2007. 1.19 記
 
 と、あるアトラクションの出口に左の文字の入った盾があり、逆戻りし見入りデジカメの出番となる。

 
「人生は 素晴らしき 冒険旅行」
 
 若い頃は(あったんです・・与三郎にも・・)
 自分にとって「冒険旅行」って何だ!
 いまかな・・?これからかな・・?
 これからがスタートかな・・?
 今なら一番いいな・・This time is the best today 「今日この時が最高!」
 管理された社会の中で生きている「事なかれ・まあまあ・無理するな・・等々」・・
 でも、私生活だけは「素晴らしき 冒険旅行」を続けていきたいなぁ〜 なんて呟いてみました。

 夢の国・おとぎの国の一言に妙に惹きつけられたひ・と・こ・と・・。

 
 No16 片手袋の謎   2007. 1.17 記
 
 某ブログに1月16日付で表記の記事が掲載された。謎というほどのものではないが顛末と書いておこう。

 一組の手袋はお店を出た時に右は持ち主の手に、左はいつもの人の左手に・・その後、駅の改札まで
 記憶はとぎれとぎれ・・改札で分かれた時にこの手袋の運命は決まったようです。
 左手はそれを付けていた人が転倒の際にオジサンが拾ったのでしょう。右手は持ち主の記憶が無い時に
 どこかに忘れたのか、ポケットから家出をしたのでしょう・・京葉快速に乗った時はありませんでした。
 3日の日から16日までオジサンのカバンの中にお世話になっていたのですね・・居心地良かったのですね。
 あっ・・あの右手袋は何処に行ったのでしょうか・・

 と・・言う訳です・・某ブログにはコメントできないので・・
ここで説明しておきます。

 No15 IH(電磁誘導・・)のこと・・   2007. 1.16 記
 
 IHとは電磁誘導加熱(Induction Heating)のこと。磁力線の働きで、鍋自体をヒーターのように
 発熱させ、うずまき状のコイルから発生する磁力線によって上に置かれた鉄鍋の底にうず電流を
 生じさせます。鉄は電気抵抗があるため、流れる電流が熱に変わり、鍋の底板が熱くなります。
 電磁調理器で使えるのは、鉄鍋、鉄ホーロー鍋、ステンレス鍋、鉄フライパンなどです。
 以上、能書きです

 安全・汚れない・お手入れ楽々・・ですが。
 調理方法が全然違います。当然のことながら出来合いも・・
 中華は強火で鍋を動かし(廻し)調理、卵焼きは卵焼き器を動かしながら形を整え、煮物は火加減。
 先日は得意の卵焼きを焦がしました。
 IHとエコ・・オール電化で安全便利は手に入れたけど・・泣き笑いは続きそう・・

 No14 COOL クラブWalking   2007. 1.12 記
 
 1月12日でCOOLとの契約が完全に切れた。12月12日が契約期限でいわゆる猶予期間も切れた
 ということで
、復活も出来なくなり、完全に閉鎖となった。
 個人の運営するものだからその人の都合で継続も閉鎖も決まってしまう。今回は閉鎖という結果とな
 った。他のサーバに移行した人・個人でHP・ブログを開設した人等それぞれ活躍されています。
 「唯一の楽しみだったのですが・・」と寂しい言葉を残し、閉鎖に同意した人もいます。
 管理人・継続を望んでいる人たちに今後のことについてmailを送信しましたが、残念ながらこれに
 対する返信は届きませんでした。
 
 「唯一の楽しみだったのですが・・」この言葉を救えなかったのが唯一の心残りです。

 
 No13 北の国から春のおたより   2007. 1.11 記
 
 今日は午後からの勤務、仕事に出かける前の郵便ポストに分厚い封書が届いていました。
 昨年の暮れに妻が「お世話になりました」と送った、南房総の花のお礼と「春の便り」ストックを描いた
 絵手紙でした。
 
出勤前の短い時間でしたがたくさんの想いがよぎりました。
 
 母が健在の頃、老人大学で書・絵手紙の勉強をしていました。上手くなったら手ほどきしてあげると
 言っていましたがかなわぬ事となってしまいました。
 花鳥風月
・・母の得意は花と小鳥の組合せでした。作品はたくさんあったように思ってはいましたが、
 形見分けという口実のもとに故人の友人たちの手に渡ってしまったようです。

 一通の封書に入っていた「絵手紙」が母を想い出させてくれました。

 No12 商品のなくなる日   2007. 1. 9 記
 
 8日、9日と職場の朝のひと時の話題は「なっとう・納豆」であった。

 「おとうさん〜 納豆やってるよー」
 「???」→おとうさん(与三郎)はラジオを聴きながら晩酌タイムです。
 ○る○る大○典を見ていたのだ。人気番組だそうだが「テレビあまり見ない人間」にとっては興味は
 ない。しつこく「みろ・見ろ・観ろ!」と言うので付き合う。
 納豆で痩せた・・納豆ダイエット・・これが今夜のテーマ。
 「納豆」を朝晩2回食べるとダイエット効果(体内脂肪減少)があるとのキャッチフレーズ
 と、言う訳で翌朝の話題は、どこに行っても「納豆」がない。
 
 以前もあったと思う・・「杜仲茶」である。杜仲茶の成分が脂肪を分解し、脂肪を減らすとのキャッチ
 フレーズでした。
 翌日、夕方には店頭から「杜仲茶」は消えていました。
 ○林○薬に電話するが「1ヶ月先になります」とつれない言葉・・愛飲しているお客はどうするんだ!
 
 ダイエットは「忍耐と努力、我慢」だぞ!
 簡単に出来たら世の中、太った人と不満はなくなるよ〜!

 ちなみに・・ノンベー与三郎は杜仲茶+本人努力で2ヶ月で5Kgの減量・・信じられます?

 
 No11 1月3日の記憶  2007. 1. 5 記
 
 3日はTWAの「羽田七福稲荷W」に出かけた。久しぶりにオジサンと逢った。東官稲荷までは団体歩行
 それ以降は自由歩行で七稲荷、一神社を回るコースである。東官稲荷ではお神酒の振る舞いがあり
 その列に並んでいる間にオジサン・とんぼサンとはぐれる。
 ゴールの穴守稲荷では絵馬にお願いをしたため奉納。駅に向かう途中で携帯に着信があり、箱根駅
 伝 応援モードに入る。
 盛り上がりお酒の注文も「常温もう一本」の飲みすぎパターンに・・

 記憶にあるもの

 店を出る時の勘定は?に「払ったよ」外が明るかったのか暗かったのか・・記憶なし。蒲田の駅まで
 かなり歩いたように思うが道筋は知る良しもない。ただ川沿いを歩いたような記憶はある。

 蒲田の駅で「お先に・・」と別れる・・東京駅8時過ぎの京葉快速に乗る。なぜ、この時間かは判らない
 ポケットにレストランの領収書、2000円少々の支払いお一人様・・飲んでいたらしい。
 木更津駅で降りたが、しばし自分のいる場所の認識が出来ない。改札を出て安堵する。パパチャリで
 帰ったが手袋がなかった。どこかで忘れてきたのだろう・・
 東京・木更津間で熟睡したのだろう、一日の4分の1の8時間の記憶が断片的にしかない。
 この記憶を探るのは「怖いもの見たさ」となるのでは。

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