日常でふと思ったこと考えさせられた事を書き綴ってみました・・
世間ではブログとやらがはやっているらしいが・・ブログまでいけないフロクかな。
個人の思い入れなので感想・意見等を書き込むことはできません。
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    与三郎の
  this and that 16

This time is the best today 「今日この時が最高!」
 
木更津駅前にて

 No160   術後検診・その後・・・ 2014. 5.13 記 

 5月8日(木) 通院・・

 一般的には手術後2週間で傷口(治り具合と化膿の有無・痛み・腫れ)の診察をして、次の1ヶ月検診と
 なる
のだが、腫れと痛みが引かず、今日の再診察となった。

 1日より腫れはひき重苦しい痛みはなくなり、化膿の疑いもないので「診察OK」の診断が出た。

 しかし、激しい運動、重いものは持たない、腹に力の入る仕事はしない等々の制約はある。

 重苦しい痛みは無くなったものの、大きな擦り傷があるような痛みは下腹から伝わってくる。

 筋肉・神経が手術により切れているのこの痛みはしばらく続くので、痛み止めをうまく使うよう言われた。

 お酒を飲むと血流が良くなることで、痛みは強くなる。
 痛み止めを飲んで酒を飲む・・酒は飲みたし・・
痛みは避けたい・・

 
 

 No159   退院・・術後検診・・ 2014. 5. 3 記 

 退院2週間目の5月1日(木)に通院、主治医の診察を受ける。

 痛みと腫れはひいていない・・重苦しい痛みと傷口の鋭い痛み、傷の周りの腫れはひいていない。

 予約通りの時間で診察を受ける・・病院で待ち時間の少ないのは助かる・・

 具合の悪い患者が長時間待たされるのは辛いことである。

 2週間の自宅での療養・傷の痛み、腫れなどを説明・・主治医の診察と傷の処置(「傷口を1cmほど開いた」
 と聞いた)をした。通常、2週間目の検診(診察)で通常生活OKとなるそうであるが・・

 診察結果は「もう一週間様子を見ましょう・・」であった。5月8日に再診察となった。

 傷口を開いたせいであろう・・ズキズキと傷口から痛みが伝わってくるが、あの重苦しい痛みは無くなった。

 2日・・楽になったので裕美に付合い保田の墓参りに行く。館山道はいつもより混雑・・。

 8日に「通常生活OK」の診断結果を期待し、墓で手を合わせてきた。

 
 

シクラメン
 No158   退院・・ 2014. 4.24 記
 
 4月24日(木) 
手術後9日目、退院後7日目・・ 

 20日は朝から気分がよかったので、少し草取りをしたが、午後からは疲れ果てて動けなかった。

 21日、22日と朝からだるく、傷が痛みんで動けず一日中雷様(ゴロゴロ・・と)・・作日は早朝、傷が

 痛み目が覚める。残っている痛み止めを飲んだが効果は期待できなかった。

 痛み止めも後一回分である。

 今月は4ヶ月毎の内科の定期健診である。億劫だが・・来週に延ばすと通院(外科・眼科)が重なる

 ので、本日の受診とした。「退院後7日目だよ・・少しはじっとしていな・・」裕美の声である。

 検査結果はLDL(悪玉コレステロール)・CRP(血液の炎症)以外は異常なしである。

 LDLは体質(?)・・CRPは手術後なので、いつも通りの結果、内服薬を受取り、散髪に行く。

 画像は庭植えようのシクラメン・・シクラメンは別名「かがり火」とも言う。 

 背景(バック)を暗くして「かがり火」をイメージしてみた。白・赤と撮ったがこのピンクが一番イメージ

 に合ったようだ・・


 
退院の日
5時30分・・
 No157   退院・・ 2014.4.18 記

 4月17日(木) 
鼠径ヘルニア根治手術 入院日記
 
一日ベッドの上で過ごして時々うつらうつらして過ごしているので、夜は眠れなかった。午前中はラジオと
 新聞、午後はテレビで映画鑑賞、夕方からはナイターをラジオで聞いて過ごす。

 消灯時間は21時であるが、眠れない・・11時過ぎまでテレビを見ている。韓国での船の事故がリアル
 に映されていた。 船の事故は多くないが起きると大惨事となる。いつの間にか眠っていた。

 5時15分前に目が覚める、5時30分に周りの様子を伺いブラインドを上げる。

 東向きの窓の先、靄の中に朝日が上っている。今日も温かくなりそうである。
 午前中の外科回診で傷口のテープを剥がし傷口の状態を見て「退院OK」となる。

 支払い・諸手続き、次回通院の確認をして帰宅・・4日ぶりの我が家・・4日の留守でも帰れば
 いろいろとする事はたくさんある。動きすぎて眩暈がした・・夕方はのんびりモードで過ごす。
 何よりも嬉しいのは、味のある食事と晩酌である。
 パソコンには47通のmailと58通の迷惑mailが着信していた。

手術後


部屋着で・・
No156   手術後・経過観察・・ 2014. 4.18 記

 4月16日(水) 
鼠径ヘルニア根治手術 入院日記

 2時過ぎに最期の点滴が終わり、自由の身となる。痛みは軽く(痛み止めが聞いているのだろう・・)なり、
 じっとしている時 は 手術跡の違和感(腫れている)だけである。

 5時起床・・起き上がるには少々、不自由だが静か(ゆっくり)に動くには問題ない。

 14日昼から絶食だった食事も朝からOK・・一日半ぶりの食事は美味しくいただけた。

 看護士、執刀医師、外科回診と朝の日課が済み「明日、退院です」の説明を受ける。

 心配していた「再発」のことを聞いた。再発については「2~300に2人ほどあるかないか」回答でほとんど
 心配することは
 ありませんとの説明であった。明日はビールで退院祝いである。

 手術跡は赤く腫れている。一日3回(各食後)の痛み止めの処方がある。この痛み止めが効いているのか、
 起き上がるとき意外は痛みを感じることはない。

 病院で過ごす、午前中は時間の過ぎるのは早い。昼食後は5時の検温までの時間は長い・・BSプレミアム
 の映画「飢餓 海峡」を見て過ごす。
 モノクロ、3時間10分の大作である。映画館で観て、かなり前だがテレビで観て今回は3回目になる。
 モノクロもそれなり の迫力を感じる。


手術前のOS-1


不自由な手で


薬も増えて・・
No155   手術・・ 2014. 4.18 記

 4月15日(火)
 鼠径ヘルニア根治手術 入院日記②  

 手術当日・・14時が予定。手術自体は1時間ほど・・病室を出て戻るまで1時間30分から2時間との説明が
 ある。本人よりも待つ、家族がたいへんである。

 OS-1を午前中に二本・・頑張らねば・・明日の朝まで食事は無し、点滴のみである。

 不思議とお腹は空かない・・

 朝から時間を持て余す・・ツーデーの取り纏めのチェック、会報の原稿作成、31期同窓会の資料作成、
 MyHomePageの 原稿作りをする。

 10時過ぎに裕美とかほりが病室に来る。かほりは「父が手術する」との理由で休んだそうだ・・実のところは
 「疲れた・・ので休みたかった・・」のが本音のようだ。

 前々回(右上腕部腫瘍要摘出)・前回(前立腺精研・前立腺全摘)の手術入院の時も、よく様子を見に来て
 くれた。いざとなる と娘のほうが頼りになるようである。
 手術は14時からの予定だったが、30分ほど遅れるとの連絡が入った。
 

 14時30分に手術室に入る。担当医師と看護士の紹介があり、手術準備に入る・・麻酔の効き目を確認し
 15時ちょうどにメスが入る。下半身麻酔なので手術中の会話、様子は嫌でも耳に入ってくる。
 麻酔が効いているのでもちろん痛みはないが、身体を触られている、内臓を動かす感覚は伝わってくる。
 看護士が時折、状況を説明してくれる。話しかけてくれないと眠くなる。

 15時10分前頃に「あと一針で縫合が終わります」の説明があり、執刀医から「石井さん無事終わりました」
 の言葉・・足は動かない、部屋に戻り手術は無事終了の家族へ説明があった。

 案の定・・裕美から医師に「先生・・お酒は飲まないほうがいいですよネ」と年を押すような質問が出る。
 「そういう質問がある  人は相当、飲むんですよネ・・」「まあ、適度にと言うことで・・」

 当てが外れたのかのような顔をして、裕美とかほりは帰宅する。

 足の麻酔が切れてくるに従い、手術部位の痛みが増してくる。「今夜は痛みがあります・・」その通りである。
 痛みを紛らわすためにテレビを見て過ごす。喉が渇くが水は飲めない。

 麻酔開始から6時間で制約が解ける・・21時過ぎに看護士同伴で用足し、排尿障害等の問題ない。
 飲食解禁で冷えたお茶の旨かったこと。

 麻酔が切れたことで痛みは直に伝わってくる。眠れないかなと思ったがいつの間にか眠ってしまったようだ。
 どんな手術でも 患者は非常に疲れる(緊張している)ので、痛みより睡眠優先となると聞いた。



病室から


リストバンド
No154   入院・・ 2014. 4.18 記

 4月14日(月) 
鼠径ヘルニア根治手術 入院日記①

 入院・・13時に外科外来で受付を済ます。病棟に移り担当看護士により院内の説明、入院期間の生活、
 手術についての説明を受ける。
「入院診療計画書」では、15日手術、術後2日目で退院の予定である。

 手術自体も無図解し物でなく、抜糸がないので退院までの期間が短いようである。

 荷物の整理を済ませると・・「ひまぁ~」を持て余す。ディルームにはネット接続環境のあるパソコンがあった。
 (プリペードカード使用)20分=100円である。

 お見舞いmailが入る、久しぶりにデコメールで返信する。

 17時30分より入浴・・家庭用のユニットバスの大き目の仕様である。18時に夕食・・自宅での時間と同
  時間帯なので違 和感はないが・・独りで(ほとんどは病室で)ディルームの食事は味気ない・・
 食事内容も軽いもので味も薄い。

 食後に再度、手術までの確認、薬の飲み方の指導がある。夕食後は経口保水液(OS-1)のみである。
 明朝までに500ml一本、15日12時までに二本がノルマ(点滴をしない:患者の負担を減らす)である。

 点滴の代用との事・・味は「ポカリスエット」と似ている。冷やさないと飲みづらい。

 21時過ぎに手術担当の医師が手術の説明に来る。直前まで手術だったそうだ。医師も看護士もハードで
 あるようだ。

 酒を飲まないでも眠れることを知った。

 
がんセンターの
シンボル

No153   薬の副作用と・・ 2014. 3.14 記

 3月13日(木) 3ヶ月に一度の定期健診の日でありホルモン注射と血液検査・問診である。

 抗がん剤(ホルモン剤)の効果は自分の体が一番よく知っている。これほどの副作用が自分にある

 とは思ってもみなかった。

 PSA値は0.008未満と「0」である。薬の効果は上々だが・・体調は徐々に悪くなってきている。

 主治医に話すが、医師としては治療が最優先である。

 9日は例会で10Kmほど歩いたが「疲れた・・」が感想である。12日はツーデーの打合せで県庁・

 花見川区役所、畑コミニュケーションセンターを回ってきた。これも「疲れた・・」が感想である。

 以前は、その日のうちに資料をまとめられたが、今は無理である。翌日回しとなる。

 65歳11か月・・カルテに書かれた年齢である。経年による体力低下・・とも考えるが、この急速の

 衰えは、やはり、薬の副作用であろう。

 ジレンマ・・医師としては「手術までしたのだからこの癌の再発、転移を防ぎたい」これが治療である。

 でも・・患者にとって「病気との闘いでなく副作用との闘いである」辛いものである。

 昨年暮れから気になっていた「鼠蹊部のしこり」を診てもらった。「鼠蹊部ヘルニア」との診断である。

 地元の大きな病院の外科の紹介状を書いてくれた。これも手術の後遺症である。

 17日に診察に行くが、たぶん手術であろう・・「4泊5日」程度だが・・何時するか、いつになるやら・・

 
 
踏切にて
ヘッドライト・
  テールライト
No152   薬の副作用・・ 2014.1.17 記

 術後3年が経ち節目の精研では転移等の異常は見られないとの事だったが、10月の定期健診で

 PSAの値が上がり、11月は「0.909」と上がった。「これ以上上がると治療方法がなくなる」と言う

 事で、化学療法(抗がん剤投与=前立腺はホルモン療法)が当日から始めまった。

 化学療法の結果は11月「0.909」だった数値が12月「0.02」と効果はありました。
 化学療法の副作用は当然のことながらあり、当面(2年間)は治療効果と副作用の相容れないもの

 を受け止めてゆくしかないと考えている。副作用を感じない人もいるそうだ。

 治療を始めるに当たりたくさんの注意事項が話され、冊子もいただいた。

 「倦怠感」がひどい・・疲れる・・根気が無くなった・・が、今の主な症状だ。

 「太ってはいけない」との話もあり、朝の散歩(ウオーキング)は雨の日を除いては続けている。

 食事も少々控えめに・・体重を増やさないよう(太る体質なので)にしている。お酒はほどほどに・・

 薬と上手に付き合えればいいのだが・・

 外に出かけることは億劫ではないが疲れる・・でも、出かけている時は気が紛れるので、疲れは忘れ

 る。薬になれるのが先か・・上手に付き合う方法を見つけるか・・どちらが早いかな・・。


千葉県がんセンター
にて
 
PSAデータ

No151   定期検診・・(PSA値0.02) 2013.12.16 記

 
12月12日に
千葉県がんセンターにホルモン療法開始後1か月の定期検査・診察に行ってきた。

 PSA数値の急激な上昇で、11月に化学療法(抗がん剤投与)を始め、その結果(効果)と今後の
 治療方針を主治医から聞いてきました。化学療法の結果は11月「0.909」だった数値が12月は
 「0.02」と効果はありました。

 主治医のつぶやき・・「投与すれば下がるのは判っていたのだが・・」でも、治療せざるを得なかった
 ことは事実と して受止めなければならない現実です。

 化学療法の副作用は当然のことながらあり、当面(2年間)は治療効果と副作用の相容れないもの
 を 受け止め ゆくしかないと考えている。

 その他の血液からのデータはγ-GPT以外は高いものはなくほぼ正常であった

 腹部への注射(3ヶ月間有効)と3ヶ月分の薬をもらい帰宅の途へ・・



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