日常でふと思ったこと考えさせられた事を書き綴ってみました・・
世間ではブログとやらがはやっているらしいが・・ブログまでいけないフロクかな。
個人の思い入れなので感想・意見等を書き込むことはできません。
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    与三郎の
  this and that 12

This time is the best today 「今日この時が最高!」
あわちどり
が咲き始めました・・
No120 リハビリ日記・・  2010. 6.17 記

 6月16日 退院後10週間経過・・ 

 6月14日 手術後11週間経過・・
 
来週で術後3ヶ月となり、回復・リハビリのひとつの目安となる時期が来た・・
 手術後の後遺症は3ヶ月で70%、1年後までに95%の改善が見られるとのデータがある。
 5月中旬過ぎから体調・体力も右肩上がりに急上昇してきた。体の動かし過ぎで疲れを感じる
 事が多い。
 山の頂上まで登り、次の頂上を目指し登り下りの尾根歩き・・その繰り返しなのかな・・とも思う。
 無理(分相応の生活)さえしなければ、普通の人と変わらないまでに回復してきたように思う。

 一昨日、ANA SKY WEB TOURで9月の予約を取った。
 昨年は広島ピースウオークが退職後の再出発ウオークとなった。今年も広島が再出発ウオーク
 の目標となりそうである。
 その前に準備運動で函館にも行きたいなぁ〜

カサブランカ
6月7日 撮影
No119 リハビリ日記・・  2010. 6. 9 記

 6月9日 退院後9週間経過・・ 

 6月7日 手術後10週間経過・・
 百合が咲いた・・過ぎてみると月日の経つのは早いものである。病名を知った時は土の中・・
 入院の時は葉が10cmほどに伸びていた。退院してきた時は、花の咲く時期を普通の生活に
 戻れるようにと、百合を競争を決めた・・4月8日のことである。

 『カサブランカはかなり伸びてる。カサブランカの花が咲く頃には普通の生活が出来るように競争
 である。』
 
 手術で臓器を摘出したのだから完全に元に戻ることはない。でも・・徐々にではあるが自分の
 満足ゆく状態までにきているように思う。
 だが、問題がひとつ・・消化器系の病気・手術ではなかったので胃腸は元気・・と言う訳で・・・
 体重が増えている。手術前は運動量と飲食の量のバランスが取れて良い状態を保っていたよう
 に思うが、今はバランスが崩れてしまった。
 明らかに運動量よりカロリー摂取が多くなっている・・これは自己責任の世界ですね・・。

 術後3ヶ月で元の生活に戻れる人が70%・・どうにか「その70%」には入れそうだ。

 6月24日のちば歩「平日楽々ウオーク」に参加して見ようと思う・・もちろん雨天でなければ・・。

 No118 リハビリ日記・・  2010. 6. 3 記

 6月1日 退院後8週間経過・・ 

 5月31日 手術後9週間経過・・
 術後2ヶ月が過ぎた・・待っていた、あれこれの「だめ!」が目安として解禁となる。
 久しぶりにパパチャリで買い物に行く・・快適である・・これで行動範囲も広がる。

 映画を3本「RAILWAYS」「春との旅」「座頭市」観た。以前は一日2本のダブルヘッダーも平気
 だったが、いつ頃からか?一日2本を見る気力・体力は無くなった。

 「RAILWAYS」の父の背中を見ながら祖母を献身的に看病する娘のさち、「春との旅」じいちゃん
 の思いを叶え、最期を看取る孫娘のはる。
 小さな天使から声の届かない存在へ・・今は「永遠の恋人・・」娘って本当にいいですネ・・

 「座頭市」の原作は子母沢寛が飯岡を訪れた際に地元の人たちから聞いた、天保の頃の侠客飯岡
 の助五郎の子分「座頭の市」がモデルになっているそうだ。
 物語誕生50周年を記念して地元有志の手で建設が進められていた文学碑が完成し、先日除幕式
 が行われたことを知る人は少ないと思う。
 土日の初回は満員でした。勝新・たけしの「座頭市」と慎吾の「座頭市」・・観る人の層も違うようだ・・

修理済み
 No117 リハビリ日記・・  2010. 5.27 記

 5月26日 退院後7週間経過・・ 
 5月24日 手術後8週間経過・・
 先々週痛めた手術跡もガーゼ(滅菌ガーゼ)で保護のおかげで良くなってきたが、絆創膏かぶれが
 またまた、悩みの種となる。
 歩行距離は延びてきた。目標の1万歩は充分歩けるようになってきた。疲れもさほど感じない。
 後は持久力をつけていくだけ・・40・50Kmとはもう言わないが・・楽しく歩けるようにだ・・

 先週、洗濯機の水漏れがあった・・「おとうさん大変!水が持っている!」と、大声が聞こえた。
 まずは『水を止め、床に漏れた水を拭く事が最初にすること』と思うが・・声だけ・・
 雑巾を置き水を吸取る応急措置、洗濯機の水を抜き、床に漏れた水を拭き取る・・我は冷静なり。
 火事になった時、地震の時も・・何事も現状と初動が大事だが、これではた・い・へ・ん・・かな

 原因は洗濯槽の水の「オーバーフロー」検出用のチューブの劣化で接続部分が擦れて切れたこと。
 チューブを切り詰め一件落着・・自分の体もこの程度の修理で一件落着になれば・・と。
 リハビリ・・かんばろ・・


GREEN ZONE
 No116 リハビリ日記・・  2010. 5.20 記

 5月19日 退院後6週間経過・・ 

 5月17日 手術後7週間経過・・
 先週痛めた手術跡が痛い。「病院に行ってくれば・・」と言われたが、しばらく様子を見ることにした。
 下着が直接当たらないようにガーゼ(滅菌ガーゼ)で保護、留めている。

 18日にかずさアカデミアパークから高倉観音、矢那川ダム周辺を歩いてきた。軽いアップダウンの
 あるコースであったが、楽に歩けた・・時速は5Km前後で休憩を含めて1時間30分ほどであった。
 団体歩行に参加するにも、もうしばらくかかりそうである。

 昨日の午後から雨が降っている・・やはり雨の日は体調も良くなく気分も良くない。
 いつものように映画を観に行く・・この様な時はアクション映画が気分転換になってよい。
 観た映画は「グリーンゾーン」・・観たい度 5点満点で4.9点の作品・・
 あらすじ・・
 『砂漠に隠された大量破壊兵器の所在を突き止めるという極秘任務につく米軍兵士のミラー、調査を
 重ねるが兵器は発見できず、情報の信憑性に疑問を抱き始める・・』・・さて、大量破壊兵器は・・

 5月下旬からは「いい映画」がたくさん上映予定で楽しみです。

幸せの黄色い
ハンカチより
 No115 リハビリ日記・・  2010. 5.12 記

 5月12日 退院後5週間経過・・ 

 5月10日 手術後6週間経過・・
 雨降りの予報と気温が低いとの予報に10日夜から腹が痛む・・手術後は気候に体調が左右される
 とよく言うが当たりそうである。朝、目が醒めても起きられない・・おまけ?に手術跡を爪で引っ掻き
 肌着は血だらけ・・トホホである。特に右腹のドレーン跡がいつもと同じく痛みがひどい。
 家族には悟られないように朝寝坊のふり・・皆がそれぞれ出かけたあとは静かな時間だが、雨空を
 見上げる。友人のお母様も手術跡(胃の全摘)が気候により痛むと言っていると聞いた。
 グズグズ言っていても仕方ないので、11日は気分転換に映画を見に行く。久しぶりである。
 12日午後は晴れ間が出てくる・・久しぶりのような気がしたが、雨は2日間・・体調の良し悪しがそう
 思わせるのかな。雨降りはもともと嫌い・・高校の時は学校はよく休んだ(部活だけは行ったが)・・

 悪くなったところはないが、どこがどう良くなったかは、はっきりと認識がない・・リハビリ・体力回復は
 週単位で効果の出るものではなく、月単位なのかなとも思う。

矢那川の鯉のぼり
 No114 リハビリ日記・・  2010. 5. 5 記

 5月 5日 退院後4週間経過・・ 

 5月 3日 手術後5週間経過・・
 時間の過ぎるのは早いもので手術後早1ヶ月余りが過ぎ、
5月に入り気候も安定し、いつの間にか
 痛みが消えてきた。「痛かったことは覚えているが・・痛みの度合いは忘れている・・」
 体を動かすのにも何をするにも楽になった。
 これからが本番・・長いリハビリを「本気でやらなければ・・」と、言っても毎日の続き・・良くなるのが
 目に見えたり、数字に出てこない。1ヶ月・2ヶ月先に結果として出てくる。
 「メゲズ・アセラズ・・」とりあえず第一段階は梅雨明け・・秋には遠征ウオークに参加だ・・。

 見た目・・顔は「日比谷焼け・・」今、ニッポン放送での流行り言葉・・ラジオパークに行った人の顔。
 体は・・少し筋肉は落ちているが見た目「病人ではない」、体重は変わらず64.5Kg±0.5Kg。
 呑む量は・・変わらず。退院後検査結果の軽い肝機能障害→運動不足では納得。

 3月・4月の歩数・・表とグラフ
(3/29 手術、4/7 退院)
 3/29:手術室までの歩数、3/30、31:術後、歩行訓練歩。幅小さくゆっくりと・・歩数計動作せず。 
2010.3 2010.3 2010.4 2010.4
 しっかり歩数:連続15分以上歩いた歩数 歩幅:78cmに設定

散歩道の花
 No113 リハビリ日記・・  2010. 4.28 記

 
4月28日 退院後3週間経過・・
 
退院後ゆっくりしたのは2・3日かな?家に戻ってから寒い日は体が動かず冬眠状態・・陽のある
 日が嬉しかった。生来の「貧乏性」・・痛みがなければ動き回ってきた・・疲れた。
 昨日の通院結果で一段落・・気持も落ち着いた。療養からリハビリ開始である。

 
明日は保田へ墓参り・・供花と養母への手土産を買いに雨の中出かけてきた。

 この欄の「リハビリ日記」のこれからは生来のアバウト人生・・思い出した様に「ふっ!」と書いた時、
 リハビリも体力も順調に進み回復していることでしょう。

 4月27日 手術後の通院
 
午後一番の診察・・主治医の笑顔も懐かしく感じた。一通り現状を報告する。
 傷の痛みは日によって痛みはあるが我慢できないほどではない、排尿・排便時の酷い痛みは消え、
 日々良くなっているのが分かる、腿付け根と鼠径部のリンパの浮腫も入浴時のマッサージで、良く
 なって来ている。
 「この時期にその状態なら順調な回復でしょう」・・「今日からはめげずにリハビリを 続けてください」
 の言葉に一安心。
 摘出した検体の検査結果は「上皮内癌・非浸潤性・病期B、今後5年間のPSA再発率20〜30%」

 「
リンパへの転移も認められません」でした。一安心・・
 生検後の告知、治療法の選択肢は手術・放射線、内分泌療法・・体に負担のかかる治療法を選択
 したが、自分の選択肢に間違いはなかった。

 今度こそは70〜80%の「はずれ」グループに留まりたい。
 主治医の一言・・「たとえ再発しても治療方法があり、現在の年齢からすると、この病気で死ぬ事は
 まずありません・・」でした。
 尿・血液検査(一般的な検査)をして帰宅する。次回の通院は7月29日。

 4月26日 手術後4週間経過・・
 今回の入院・手術に関しては多くの人に電話、mailでたくさんの応援メッセージもいただき感謝する
 と同時に、病気とも正面から対峙してゆく勇気も持てました。ありがとうございました。

 心配して「だいじょうぶ?元気している?お見舞いに・・」とたくさんの言葉をもらいました。
 入院した病院の病棟・病室には2度目、3度目の入院で、今を生きて行く事を必死に頑張っている
 人が多く、静かに入院・療養を送ることが今の自分にとって、入院している人たちにとって必要と感じ、
 お見舞いについては、丁重にお断りしました。温かい心遣い・気持は充分に伝わってきていました。


 
しかしながら「前立腺がん」と言う病名から「興味本位・冷やかし」の電話・mailがあったことも事実・・
 「当事者の気持を考えて欲しいよな・・」と、とても残念なこともありました。
 人それぞれ・・良い時も悪い時もあると思う。自分が当事者になった時「嫌な思い・辛い思いをしない」
 そう心がけて接してゆけば、きっと「皆と笑顔のステージ」に立てると思う・・そうであって欲しい・・

春の花で一杯・・
今を盛りに・・
 No112 リハビリ日記・・  2010. 4.21 記

 
4月21日 退院後2週間経過・・
 
病室の快適?さのありがたみを知る。天候不順は健康な人もたいへんだと思う
 
春と冬・・が・・交互に、今日(21日)は初夏の気候。体がついてゆけない。
 生検後の2週間の安静、その後の入院手術ですっかり体力は落ちてしまった感じは否めない。
 直接、体力維持にかかわる臓器ではないが、開腹手術のダメージを思い知らされる。
 自分で選択した、入院・手術なので悔いや後悔はないが、体が動かないのは辛い・・
 仕事を終えて帰ってくる家族のためにして置く仕事で体を動かせることが救いかな・・

 
4月19日 手術後3週間経過・・
 退院時には「傷は完全についているので、大丈夫ですよ」と看護師に言われ、でも2、3ヶ月は
 重いものを持ったりしてはいけません・・と念を押されてきた。
 傷口はへそ下15mmから真下に150mm・・手術前の説明よりかなり大きい。
 三寒四温は冬の言葉だが・・退院後は寒暖の差が大きく苦労した。健康な人でも寒く、冷たい
 日は体にこたえる・・痛み止めを必要とする日が多く、寒い日は体が動かなかった。
 自分に与えられた仕事があることはいいことだ・・それをするために体が動く・・

 傷口は痛み止めがないと疼くが我慢できないほどではなく、徐々に楽になってゆくのがわかる。
 傷跡の熱は無くなったが、快方に向かっているのだろう・・痒みが出てきて辛い・・
 ドレーンの傷後が硬くなっている。どういうわけか左右時々痛くなる天気のせいか・・?。
 転移の検査のためにリンパの検体を採った。その後遺症で両足付け根と下腹部にリンパ浮腫が
 出ている。気長なマッサージが必要である。

滑走路の先・・
 
 No111 リハビリ日記・・  2010. 4.17 記
 
画像は自衛隊滑走路先の国有地・・

 4月16日 (金)
 
昨日と同じ、朝から雨・・寒い・冷たい。
 寒い日に無理をしても仕方ないと、自分に言い訳。週明けには暖かくなるとの予報。
 リハビリ再会、体を動かすのは来週からである。


 4月15日 (木)
 
一昨日・昨日と違い寒い・・早朝から雨だ。病み上がりでも起きる時間はいつもと同じ。布団
 から出るのが億劫である。寒いと傷跡が疼く・・今日一日が長そう。
 炬燵がお友達・・今までこんなことはなかったが、体が動かないので仕方ない。
 午前中は撮りおきのビデオを見て過ごす。
 夕方は主夫業・・これも気晴らしには丁度いい。目的意識があれば体も動く。

 4月14日 (水) 退院後1週間が過ぎる。
 曇りがちではあったが、春らしい暖かな日で過ごしやすかった。
 午前中に散歩に出るが、腹に力が入らない・・やはり今までの半分の距離で疲れてしまう。
 筋肉痛はないが昨日の歩きすぎも影響しているのかな?
 退院時処方の痛み止めもそろそろなくなる。体を動かす午前中と夕方に効果があるように
 服用をしている。
 明日は寒いとの予報・・ちょっぴり辛いかな?

 
4月13日 (火)
 昨日とは比べられないいい日である。陽射しと暖かさに誘われ散歩に出る。
 長い距離を歩きたいので、疲れた時にリタイア出来るようにバス路線を歩く。
 桜は満開から葉桜への衣替えに入っている。疲れを感じないので矢那川まで足を延ばして
 見る。川岸では名残の桜吹雪で花見の一グループ・・静かな花見だ・・

 途中乗車できるようにバスの時間を確認し帰途に着く。南風が吹き始め汗ばみはじめたので
 上着を脱ぐ。 春の花もそろそろ盛りを越えたようで、昨日の雨に打たれ下を向いている。
 8時に出かけ、途中30分の休憩・・10時に帰宅。1万2000歩・・約9Km。時速3Kmだった。
 午後は庭に出て日を浴びて、縁側から庭を眺めて過ごす。風が強くなり家の中に避難・・
 
 
4月12日 (月) 手術後2週間が過ぎる。
 朝から雨である、寒い・・冬に逆戻りとの天気予報。寝床から起き上がるのがとても億劫・・
 
 月曜日、週始めである。家族はそれぞれ出勤準備に忙しない。朝食をしっかり食べて行く、
 長男坊。あとはそこそこ・・仕度の合間の食事である。これも得意技かな?

 それぞれの出勤が済むと、家の中の活気がなくなり寒々としてくる・・と、同時に今日の寒さ
 が身に沁みてくる。
 傷に寒さは良くないようである。今までさほど感じなかったが、今回の傷には寒さは応える。
 直接ではなく、腹の底から痛む。
 仕方なく横になって取り置きしておいたビデオ見る。横になっている時は痛みを忘れる。

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