日常でふと思ったこと考えさせられた事を書き綴ってみました・・
世間ではブログとやらがはやっているらしいが・・ブログまでいけないフロクかな。
個人の思い入れなので感想・意見等を書き込むことはできません。
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    与三郎の
  this and that 11

This time is the best today 「今日この時が最高!」
間に合いました・・
カサブランカ
4/11 田の稲
 No110 退院・リハビリ開始・・  2010. 4. 9〜11 記
 
入院からはブログ風に日付順に並べ替えました。

 4月11日
 昨日の歩きすぎ?・・朝からだるさがある。暖かい天気のせいもあるのかな・・
 午後から散歩に出かける。そろそろ時期だ、早いところでは田植が済んでいた。
 稲が育って稲刈りの始まるのが8月始めから中旬・・その頃には日に焼けて歩いているかな?

 4月10日
 62回目の誕生日・・我家では親の誕生日は特別のイベントはなく、いつもと変わりない朝が
 来ていつもと同じ夜を迎える・・
 医師は「リスク」は多めに、「余命」は長めに告知するようだ。3月25日入院、4月7日退院で
 あったが、状況によっては1週間程度のびる・・状況は良い方に自宅での誕生日を迎える。
 桜は散らずに残っているとの話に近場のお花見に出かける。入院前までであったら散歩がてら
 の距離であるが、今日は車でお出かけ・・
 近場の見慣れた桜でも格別である。小櫃堰・長楽寺、矢那川沿い・・少々歩き過ぎかな。

 4月9日
 曇り勝ちながら昨日より暖かい。お散歩コースは昨日と同じ・・やはり足は重い。
 道端も春の花が咲き誇り、家の庭、プランターには色とりどりの花が咲き、桜の花も満開である。
 それぞれの家庭で好みがあるのだろう・・咲いている花・花木、鉢植えもそれぞれである。
 新入学の子供たちが真新しいランドセルを担いで親と帰ってくる。
 田んぼも稲を植える準備で耕運機、トラクターが忙しなく動いている。もうすぐ田植えだ・・
 足の重いのはおなじ・・登り坂ではギアが入らず・・下り坂はブレーキが聞かず・・苦笑である。

 裕美は残業、長男坊は送別会。連休のかほりと二人での夕飯。入院中の話で盛り上がる・・

 4月8日
 寝室の窓を開けると冷気が入ってきた。今日も寒そうだが青空に白い雲が流れている。
 それぞれ仕度をして出勤・・かほりは休みでゆっくりの起床予定・・庭には洗濯物が賑やかに
 ぶら下がっている。天候の良くない日が続いていた置き土産だ・・
 遅い朝食をとる。やはり家の熱いお茶・出汁の聞いた味噌汁、糠付けが一番である。
 フェンスの花、庭の花は一回り大きくなり花数も多くなっている。入院のとき目が出始めていた
 カサブランカはかなり伸びてる。カサブランカの花が咲く頃には普通の生活が出来るように競争
 である。
 北風が冷たかったが散歩に出る・・目眩・動悸、息切れはないが、足は重い・・
 午前中はコンビ二までの往復4Km弱・・帰りはお土産の缶ビールをぶら下げてである。
 
4/5 雨
4/6 曇りのち晴
お世話になりました
 No109 手術後8日目〜・・  2010. 4. 7 記

 4月7日
 暖かい日は続かないようだ。ブラインドを上げると冷気が伝わってくる。
 早朝だが外来の玄関は開いている。車が入り、人が入ってくる。とにかく外来に来る人も多い。
 ほとんどの人が「がん」もしくは「その疑いのある」人・・
 ここの病棟も生検・手術、退院と毎日入れ替わりがある。同室でひとり、今日手術である・・
 昨日、カテーテルの抜けた人は今日が退院・・本来なら喜ぶべきところが100%の回復ではない
 ところが、皆、不安だ。気長に頑張りましょうの挨拶でそれぞれの自宅へ・・

 4月6日
 外の風景は曇り空と靄の中。9時過ぎに晴れ間が出てくる・・部屋の中からでも晴れている空
 は気持ちがいい。
 8時半に呼ばれ、造影検査結果で尿カテーテルが抜ける。違和感、動くたびの痛みからは解放
 されたが、動くたびに「漏れる!」リハビリ開始である。一難去ってまた一難である。
 同じ時期に手術した人に見覚えのある人がいた。検査の待合室で話したら、近所の人であった。
 「なんとか・・がんばりましょう!」励ましあいながら部屋に戻る。
 看護士から退院後の生活についての説明がある。  リハビリは「根気良く」だ・・

 4月5日
 朝から雨・・窓を伝わってくる空気も冷え冷えとしている。運動量が極端に少ないので、寝付く
 までに時間がかかり、熟睡も出来ない。夜間の見回りのたびに起きてしまう。
 仕方ないことではあるが・・その分、昼間ベットに横になるとウトウトしてしまう。
 傷の痛みは楽になってきた。自分の・・と、言っても自分のパターンに合わせ服用すれば楽に
 過ごせる。手術後8日目だが・・まだ、痛み止めが必要である。
 「痛みの感じ方は個人差がある」看護士さんと退院後の服用分まで必要がどうか相談。
4/2 暴風雨
4/3 晴間に
4/4 曇り
 No108 手術後5日目〜・・  2010. 4. 4 記

 4月4日
 病院でも夜中に目の覚める時間はほぼ同じで、寝る時間により午前2時か4時・・4時に目が
 覚めたので痛み止めを服用。なんとなく2度寝・・6時に目が覚める。
 検温・洗面・トイレ、身の回りの片付け・・痛みはない。今日は気分良く過ごせそうだ・・
 食事後は日曜定番の「サンデーモーニング」を観て過ごす。昼食時まで痛みを感じることなく
 過ごすことが出来た。
 午後、「来なくてもいい」と言っていたのだが裕美が来て、世間話をして帰る。
 入院生活も後3日・・明日は採血と「排尿障害とその対応についての」話がある。
 何気なくふくらはぎの皮を抓むと、な・な・なんと!!抓める・・ 細く、スマートになったような・・
 カモシカのような足(ただ、細く毛むくじゃら・・)リハビリが大変そう!。
 今日の歩行歩数 2027歩

 画像は病室の窓からの桜の定点撮影。ガラス越し、天候の具合で色は良く出ていませんが・・

 4月3日
 痛み止めの服用時間が悪く?こればかりではないと思うが一日調子が悪かった。
 午前中はベットの上・・昼過ぎに裕美とかほりが、熱いお茶を持参で様子を見に来てくれた。
 ペットボトルの冷たいお茶・冷めたお茶、食事の時のぬるいお茶ばかりだったので、久しぶりの
 飲み付けた我家の熱いお茶は格別旨かった。
 帰った後はテレビ三昧・・プロ野球、食事後も「逸る気持ちを抑え?」旅番組をベットの上で・・
 明日の痛み止め服用のプログラムを頭に入れ、おやすみなさい・・
 今日の歩行歩数 1327歩

 4月2日
 ドレーンが取れ一晩過ごし、今日は気分が良い・・痛みもベットからの寝起きのときだけとなり、
 回復の早さに驚く。手術跡の処置は、ないが下着等のすれ等も気にならない。
 ドレーンの跡はまだ、ガーゼとテープでの固定。導尿用カテーテルの違和感は相変わらず続く・・
 今日からしばらく処置等はない、少々暇をもてあましそう・・
 病棟の食堂から雑木林をバックに桜が 1本、 2、3日前から満開である。
 夜になって咳、くしゃみが出る、下腹(手術跡)に直接響き苦しい。
 今日の歩行歩数 1422歩
荷物は少なく・・
 No107 手術後4日目・・  2010. 4. 1 記

 4月1日
 背中の痛み止めの管と両脇腹から出ている廃液用の管(ドレーン)を抜く。
 痛み止めは昨夜切れ、錠剤に変わった、直径約1cmの管を抜くには痛みがあると思ったが意外
 と楽であった。
 医師4人、看護士1人5分ほどで終了。同時に入浴(シャワーのみだが)許可が出た。
 傷口にはテープ等はなし、そのままシャワーと石鹸で洗い、ガーゼで保護するのみ・・この方法が
 傷の回復にはいいと聞いた。シャワーで気分も爽快・・
 管が3本抜けた分、動くには楽になった。テープ固定のいなくなった傷口は動くたびに痛みがある。
 まだまだ痛み止めが離せない・・
昼食
窓の風景
 No106 手術準備・・から  2010. 3.28 記

 
3月31日
 丁度、1年前は定年退職の日・・いろいろあったけれど、もし続けて勤めていたらきっと、今日は
 なかったと思う。昨年の11月のドック、ちば歩、Tさんのご主人の話・・などなど聞かなかったら、
 検査も2年以上先(手遅れ・転移・浸潤癌等々)かなり症状は進んでだろう・・運が良いとする。
 食事も普通にとれるようになった。しかし、自分にとっては量が多い。
 背中からの痛み止めもとれ、錠剤となった。
 裕美から「痛い?」とのmailが入ってきた。
 「我慢できなければ今日はない」痛みのあったことは覚えているが、痛みの度合いは忘れて
 しまう。そうして回復してゆくのかな・・と返信。

 ちば歩の一部の人、ホームページにも掲載したので何人かの人からもmailや電話での応援を
 もらった。ありがたいことです。
 「面会に・・」との嬉しい話もあったのですが、ここの病院での前立腺手術は軽い部類に入る。
 長くても2週間で退院、重い患者さんのことを考えると静かにしていたいので、身内にも断って
 います。

 3月30日
 
朝の回診で歩行許可が出る。傷口とドレーン、尿カテーテルを見てみる。傷口は透明のテープ
 しっかりと止まっている。
 看護士さんの付き添いで病棟を一周。「どんどん歩いてください」との言葉・・
 立ち上がったときの眩暈がするが、すぐ落ち着く。
 一階の売店まで新聞とお茶を買いに行く。外は快晴、青空が広がっていた。
 この病院の近辺の桜も見頃はまだまだ先のようだ。
 午後になると腹が張り痛みが強くなる、座薬と背中からの痛み止めを多めに入れてもらう。
 これが効きすぎで「膝がガクガク」でしばらく歩けなくなるハプニング・・

 3月29日 手術日(嫁に行った晩:言うがまま、されるがまま=すぐ良くなるでしょう)
 予定は9時30分から、丁度に手術室に入る。名前確認から説明麻酔に入る、背中の硬膜下
 麻酔(術後の痛み止めを流す)酸素吸入器を着け話をしながら全身麻酔「咳」一つで・・
 起こされたのが15時、予定通りに終了。輸血は自己血700mlだったそうだ。
 摘出した前立腺は裕美が確認「お世話になりました・・」と手を合わせなかったそうだ。
 保田の叔母が来てくれた。ICUに1時間ほど・・癒着等はなかったとの説明に一安心。
 16時に病室に戻る。看護士さんの手厚い看護で一日目が終わる。

 3月28日 
 朝の5分粥から手術に向けての準備が始まる。昼食は流動食・・これは生まれて初めて。
 スープ(オニオンの具なし)・カルピス、リンゴジュース
 午後1時過ぎから下剤を飲む・・夕食は無し、午後6時にゆっくりと入浴。
 サンデーモーニングからジャイアンツvsスワローズ戦・大相撲千秋楽・・龍馬伝等々テレビ
 三昧の一日で、歩数は3200歩でした。
 明日の朝から明後日の朝まではベットの上で・・
 No105 入院・・  2010. 3.25 記
 3月27日 自宅にて
 春の花が庭一杯に咲いている・・秋から冬にかけて丹精を込めたものだ。今年の春には植替
 をして四季の花壇・庭を造る予定だったが、先に延びそうである。
 お花見が出来るかと出かけてみたが、小櫃堰・大田山、矢那川・・どこも開花にはまだ早い・・

 3月26日 手術前検査
 6時過ぎに朝の検温と採尿、しばらくして採血(静脈)朝食後、一休みして血圧と心電図、レント
 ゲン。採血・心電図、レントゲンには通院の人がひっきりなしにやってくる。
 皆、がん患者かその疑いのある人である。
 早期発見のシステム・人々の意識の高さから、早く発見・早期治療さえすれば、怖い病気では
 なくなり、自分を含めて患者さんに以前のような悲壮感は漂っていないように感じる。
 予約の麻酔科の受診・・生検の時にも聞いているので充分理解でき、納得。
 病室に戻り血液中の酸素量を測るための動脈からの採血で終了、午後からは外泊許可が出
 ているので帰宅の準備をする。

 3月25日 午前10時 千葉県ガンセンター
 予定時間に受付。担当の看護師さんより入院についてのオリエンテーションと治療計画を聞く。
 付添いは裕美と娘のかほり・・
 裕美・・
 「これを機会にお酒を止めてくれればいいにの・・」  【この病気は酒と関係ないのです・・】
 かほり・・
 「ついでにお腹の脂肪をとってもらえば・・」  【ここは美容整形じゃない・・】
 他愛もないやりとりに看護師さんは苦笑・・・
ガンダム
 No104 病名は・・前立腺がん・・  2010. 3.23 記

 My Home page 「いっちゃん&与三郎のBlowin' in the Wind」の「this and that 11」のNo101
 の「PSA(前立腺腫瘍マーカ)・・・青春真っ只中・・中高年のみなさまへ・・」で告知の通り、前立腺
 の治療をすることになりました。細胞の悪性度が高い=治療開始後5年のPSA再発率30〜50%、
 万が一再発を考えた時、再治療の道のある手術を選択しました。

 この掲示板を閲覧されている「男性中高年のみなさま」前立腺は「男の宝物」・・PSA検査は受ける
 ようにしましょう。早期発見、悪性度が高くなければ、苦痛のない治療が可能、そして宝物は墓まで
 持っていけますよ〜(笑)
満月に向かって
金運は・・
 No103 月に向かって・・  2010. 1.30 記

 ここ十数年、特別な場合を除いて起床は4時50分。起きて最初にすることはラジオのスイッチを
 入れ、お茶を入れて呑む・・「朝のお茶は災難除け」と言われているそうだ。
 ニッポン放送、土曜日は「栗村智 あなたと朝イチバン 」軽快なしゃべりが聞こえてくる。
 パーソナリティ:栗村智、アシスタント:増田みのりさんの「今日は満月、満月に向かってお財布の
 中を広げてふりふりすると、金運に恵まれる・・」「へぇ〜・・」と聞いていると、すかさず聴取者から
 mailが入る。

 「今朝は満月、ラジオを聴いて早速、ふりふりしたのですが新聞配達中なので小銭入れだけしか
 もっておらず、これでも金運は上がるでしょうか」 「もちろんです!」

 日課の早朝散歩に出る。西の空には赤みを帯びた満月・・そうですね。
 家に戻り札入れと小銭入れを・・特に貧しているわけでも困っているわけでもないのだが・・
 運にあやかろうと”月に向かって札入れと小銭入れ”を「ふりふり・・」

 これから、川崎大師に後厄のお礼参りに「お札」を納めに行って来ます。

My年賀状と・・

届いた年賀状・・
No102 年賀状・・  2010. 1. 2 記

 「年賀状の発売を開始しました」郵便局の前に、テレビ・ラジオのコーマシャルにこれが出てくると、
 「今年はどうしよう・・」と頭を悩ます。
 インターネットが今ほど普及していなかった(なかった時代)には仕事の関係で顔つなぎ・情報交換・
 収拾のために、誰が何処にいるかは必須の情報でした。誰もが手軽に欲しい情報が見られる今は
 手間を掛けての年賀状の使命もどこにあるかと考える・・。
 今年も「どうしようか?」と自問自答。「虚礼廃止・・」と妻の言葉。ちなみに我家で年賀状を出すのは
 私だけ。結局、近所の郵便局に行く・・局長さん自らの応対・たくさんのプレゼントに恐縮する。

 葉書は買った・・あとが問題・・PCがない頃は「手書き」・・表を見れば誰から来たか、すぐ判った。
 徹夜に近いこともした。今は「超!簡単!!・・」の葉書ソフト・・個性がないなぁ〜。
 でも結局、自分の年賀状も数年間使っているソフトでオリジナル(?)作成・・コメントを添えればと・・

 いただいた年賀状・・全て手書きから市販のものに宛名を印刷したもののといろいろ・・
 今年も嬉しい年賀状がたくさんでした。特に・・三島のSさん(苗字もS,ハンドル名もS)からの年賀
 は特に嬉しく思いました。
 仲間f同士の掲示板が、ある事情で閉鎖・・「生甲斐がなくなってしまう・・」と言って嘆いたSさん・・
 今年も届きました。
 書かれた短い文章に、元気そうにされていることに自分の事のように喜びました。

 住所録・・亡くなられた人、あるがなんとなく気まずくなり出せない人、今年、新たに登録した人達と
 住所録にも「人生模様」・・一年の計は元旦にあり・・充分に時間はあるのです・・ 一通一通の葉書
 を読みながら「来年の年賀状は手書きで・・」と想うのです。
君津中央病院
MRI画像1
MRI画像2
千葉県ガンセンター
センターのモニュメント







患者ID番号

 No101 PSA(前立腺腫瘍マーカ)・・青春真っ只中・・中高年のみなさまへ・・

 平成17年からドックを受検、検診項目にPSA(前立腺腫瘍マーカ)があり、平成17年は4.44で
 泌尿器科の受診を勧められた。
 ドックのエコー(超音波)、泌尿器科のレントゲン・エコー(超音波)では少々の肥大は「診られるが、
 年齢によるもの」との診断で経過観察となった。

 6ヵ月毎の検査でも大きな変化(4.4〜4.9)はなく、基準値を大きく上回ることなく推移してきた。
 平成19年のドックの数値は5.51で少々慌てるが・・やはり「肥大と石灰化」との診断・・
 以後、経過観察との診断。その後の6ヶ月毎の定期検査でも少々の数値の上昇(5.98)はあった
 ものの「年齢的な上昇」との見解でした。

 
平成21年3月の検査結果は6.45・・
 11月のドックでの結果は7.86・・半年で今までにない上昇・・ドックのエコーでは肥大と石灰化が
 診られるがしこりはないが、専門医の診察を受けるように指示された。<BR>
 11月25日に結果を持って泌尿器科受診。血液検査・尿検査・エコーの診察を受けるが「癌の心配
 はない」との診断。

 12月4日 検査結果を聞きに行く。PSAは7.18でMRI検査をすることとなった。
 K・C病院を指定されたが、先のことを考えると別の泌尿器科のある病院を紹介して欲しいとお願い
 したが、結果的には同病院で押し切られた。

 
12月17日 MRIの画像診断を受ける。
 総合受付→放射線科受付→RI検査室→MRI検査室→RI検査室で結果はかかりつけの先生に聞い
 て欲しいとフィルムと封書を渡され→会計へ。検査時間は25分で院内には2時間30分でした。

 12月18日 フィルムと封筒をもって泌尿器科へ
 『・・・机下』と書かれた書面を読んで、医師は「ガンセンター」へ行って下さい・・の一言。
 「納得がいかない」「『癌の心配はない』と言ったのではないですか?」と告げたが返事はなし。
 納得はいかない・・もし、4日にこちらから何も言わなかったら検査はまた、6ヶ月先・・
 木更津にはがん診療拠点診療センターがあるのですが、不幸なことにすべての診療科がありません。
 「木更津の人は仕方ありません・・」この医師の言葉に、背筋が寒くなります・・

 
2010年 1月5日 紹介状とMRI画像・・
 七草前だが病院は関係ないようだ・・混雑に驚く。予約制なので長時間待つこともなく診察となる。
 今までの経過と自覚症状について聞かれるが、自覚症状については特にない・・逆にあったら大変
 との事。PSAの数値だけでは判断は出来ない。MRIの画像だけでも判断は出来ない。
 生検をしないと「肥大なのか、癌なのか」の診断は出来ない。どうしますか?
 ここまで来て手ぶらでは帰れないので「生検」を受けることとした。
 検査の方法と日時の決定(2月5日 13時から)、次回通院の予約・・決めると手続きは早い。
 次回は「ご家族のどなたかと一緒に来てください」と念を押される。
 診察説明の後は入院のための事前検査・・全て待たされずに済んだ。会計も待たされなかった。

 
1月14日 入院前のオリエンテーション
 生検入院のための事前説明で家族同伴(裕美)で医師と看護師の話を聞く。
 医師からは5日の検査結果の説明があり手術方法・時間等の説明。
 肝機能障害が見られるが特に問題はない。PSAの値は9.71、検体は16ヶ所から取る。
 術後は絶対安静にとの説明があった。
 看護師からは諸注意・持ち物等の説明があった。

 
2月5〜6日 一泊二日看護付き 前立腺針生検(入院・手術)・・
 生検法(せいけんほう)は病気の診断や経過予後の判定のために、生体の組織や臓器から材料を
 採取する方法・・と定義されている。
 5日13時から説明を聞く、予定時間より遅れて看護師に付き添われ手術室に入る。
 腰椎麻酔・・麻酔のための麻酔注射が痛かった。上半身は自由なので看護師と話しながらの手術と
 なった。針が入り「ガシャ・ガシャ」と組織をとる音が響く・・16回で完了。
 手術は麻酔の準備からで30分ほどで終了。だが、この後が思っていたより大変でした。
 腰椎麻酔による低髄圧症状を防ぐため安静(ベットから起きない)、1時間後との検温・血圧測定、
 尿の状態確認等々・・本日同じ検査入院は3名・・看護師さんも大変でした。
 退院後の諸注意・・10日間ほどは過激な運動はしない、自転車・バイクには乗らない、頭痛・発熱・
 血尿が続いたらすぐ病院に連絡し、医師の指示に従うこと。入浴はシャワー程度にする、アルコール
 は(ダメ・・)控える・・このような内容・・入院していたほうが楽なような・・
 結果は16日に。

 2月7日 安静と休養・・

 散歩ぐらいはいいかなと、退院3日目の9日に散歩に出かける。案の定・・頭痛・・我慢できないほど
 ではないが・・家に戻る。横になり、しばらくすると楽になる。
 看護師さんの注意どおりだ・・しばらくは散歩もお休み・・
 14日、寒い日だったが、久しぶりの青空に少し遠出の散歩に出る。
 自宅から木更津港・潮浜公園・木更津海岸・證誠寺・八幡神社・吾妻神社、あじさい通りを経由して
 自宅に戻る、約10Km・・久しぶり(10日ぶり)の散歩、花を見ながらのんびり歩いたが、少々疲れた。
 
 2月16日〜 生検の結果と今後・・

 今日は予定通り結果を聞きに行き、予定通り?の「前立腺癌」の病名をもらい、リンパ転移の検査を
 して帰宅、明日は骨転移の検査で久しぶりの早朝バス出勤です。検査結果を医師グループで検討し、
 次回の通院(23日)で治療方法が決まります。仮定の話はしても仕方ないので結果と検査の事だけ
 聞いて帰宅しました。この次は転移なしの結果を待つだけです。これから先のことは23日以降です。

 
2月17日、骨シンチグラム検査・・
 骨の検査は30分・・転移、悪い箇所は黒く表示されるとの事、検査しながら両膝の悪さを指摘され、
 これについては「整形外科でも手術を考えて」と言われていると伝え、一件落着・・。
 これで全てのメニューは終了。治療プログラムは18日以降(通院は23日)に説明です。

 2月23日、治療プログラム・・

 病状等についての個人情報は記述を控えます。
 
 とりあえず今年の桜は見られません・・病室の窓?テレビ・・ペットボトルでお花見・・です。
 秋には遠征Wに出かけられるプログラムを自分の意思で決めました。

 データでは術後3ヶ月で70%の患者が、1年で95%の患者が通常の生活に戻っているそうです。

 この項、これをもって終了です。

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