Blowin' in the Wind 2018
                          
いっちゃん鎌倉街道を歩く・・
2018.11.5

鎌倉街道下道編 保土ヶ谷から洋光台
    

第9回行程 
保土ヶ谷駅…御所台の井戸…北向地蔵尊…(雷神堂)…鎌倉街道石碑…弘明寺…(昼食)…横浜刑務所…東樹院
       …鰻井戸…「かねさわ道」案内板…馬頭観音…洋光台駅


旧東海道保土ケ谷宿だった「帷子(かたびら)町」からスタートする。小橋の所が今井川の越場(こえんば:徒渉地川などを歩いて渡る)といわれる。ここへ旧道が来ていたという。調べたが「小橋」は見つからなかった。


今井川
(小橋付近?から)

踏切と国道を渡ると急坂が目に入る。石難(いわな)坂である。旧金沢街道(かなざわかまくら道)の「いわな坂」・「石名坂」・「磐名坂」、「石難坂」と諸説があるという)の入口に位置している。


福聚寺・参道山門

本堂

坂を少し上ると左側に福聚寺(臨済宗)がある。石段を上ると山門がある。山門の屋根の四隅に上がる飾り瓦は、北条家の三鱗(みつうろこ)と浪を併せたもので、鎌倉郡や横浜市内で見られる浪の飾り瓦とは随分と異なっている。


五辺舎半九の墓(右)

寺の墓地には十返舎一九の弟子、五返舎半九の墓碑があるというが、弥次喜多道中として知られる「東海道中膝栗毛」の作者である十返舎一九は有名であっても、弟子の五返舎半九までは知らないのが普通であろう。名前は師匠の半分余りであるが、知名度は師匠の半分には程遠い、十返舎一九の弟子であったことから「五返舎半九 」人を食った筆名だが、幕末の戯作者で十篇近い作品があるとか。


参道脇・庚申塔

御所台・地蔵尊
庚申塔

地蔵・馬頭観音

少し上った先に階段があり、地蔵堂にお地蔵さま、横に庚申塔と、石仏が並ぶ庚申塚があり、このお地蔵さまは御所台の地蔵と呼ばれている。この地蔵堂の参道脇にも庚申塔が、奥には石仏が並らび、馬頭観世音もある。
かつては拝殿があったようで、江戸初期から昭和にかけて、主に江戸初期から江戸中期にかけて庚申塔や石仏が建立されたことが分かる。
斜向かいに御所台の井戸があり、鎌倉・金沢から江戸からに帰る、あるいは江戸から金沢・鎌倉に向かう物見遊山の旅人たちがこの「いわな坂」の途中の御所台の井戸で水を汲み咽を潤し、地蔵堂で休憩したのであろう。


政子の井戸

源頼朝の妻、北条政子がここを通りかかった時に、この井戸水を化粧に使用したそうだ。また保土ヶ谷宿の苅部本陣も将軍が休息した時に御膳水として使用したと伝わる。

江戸時代以降でも、天皇や将軍が保土ケ谷宿の軽部本陣に立ち寄ったときには、この井戸の水が料理に使われたそうだ。昭和の初め頃まで、このあたりには清水が流れていた。「尼将軍政子の井戸はあふれいて 朝(あした)涼しく蟹あそぶなり」と詠まれている。


北向地蔵

地蔵の下に道標

坂道を登りきったところに地蔵様が祀られて、次のような話が伝えられている。この近くで、道に迷った旅の僧が途方に暮れていると、近くの寺の住職が現れて寺に泊めてくれた。住職が言うには「道に迷って困っている僧がいるので救いに行くように」と夢の中地蔵に告げられたとのことでした。
それを知った旅の僧は、地蔵に対する感謝と旅の安全を願う気持ちから、自分の持ち物を寄進して、北
(江戸)を向いた地蔵を建立したそうです。その後、修繕の時などに地蔵の向きを変えても、いつの間にか北向きに戻っているので「北向地蔵」と呼ばれるようになりました。

ここは「かなざわかまくら道」の分岐点であり、地蔵の角柱には「是より左の方かなさわ道」「是より右の方くめう寺道」と刻まれている。


清水ヶ丘公園から

京急線高架

蒔田橋

雷神堂

坂道を下り、出逢い橋の先には清水ヶ丘公園がある。さらに下り1.2Kmほど行くと蒔田橋を渡り、蒔田の街中に出る。

向かいの21号線の脇に雷神堂と言う煎餅屋がある。昭和33年創業だそうだ・・醤油の濃い味が特徴のようだ。土産に一袋購入する。


鎌倉街道石碑

21号線を1kmほど歩くと弘明寺の参道の商店街が右側に見え、道路を挟んだバス停のそばに昭和37年(1962年)に建立された「鎌倉街道碑」がベンチの間に立っている。特に古いものではないが、バス停の近くで人が多く、写真が撮り辛いことで有名?だそうだ。


参道アーケード

神橋

アーケード

弘明寺から鎌倉街道まで、アーケードとなって「弘明寺商店街」として下町の賑わいを残す。しばしばテレビ番組やCMのロケ地として使われているが、このアーケード街は、江戸時代に栄えた弘明寺の門前町ではない。終戦後の闇市を起源とするものである。江戸時代の弘明寺の門前町は、現在の蒔田付近である。


仁王門

道標

参道(基壇)

六地蔵

弘明寺(ぐみょうじ)は、横浜市南区にある高野山真言宗の寺院。瑞應山蓮華院と号し、横浜市内古の寺院である。本尊の木造十一面観音立像(弘明寺観音)は、国の重要文化財である。江戸期から明治22年までは一帯を弘明寺村(のちに弘明寺町)と呼んでいた。


身代わり地蔵

本堂

鐘楼

七つ石

木造花瓶(文化財)

鎌倉時代には源将軍家累代の祈願所であった。戦国時代は北条早雲から寺領を、江戸時代には歴代将軍から朱印地を賜り、坂東三十三箇所 観音霊場の十四番札所として信仰を集めた。


横浜刑務所表門

街道沿いにある横浜刑務所に立寄った。歴史は古く、1855年(安政2年)に下田港開港により下田に開設され、1859年(安政6年)横浜港開港により、現・横浜市西区伊勢町に移転した。さらに1936年(昭和11年)に横浜市中区笹下町に新刑務所が竣工され、現在に至る。11月3日は矯正展が開催されていた。「矯正展」は、全国の刑務所で互いにそれらの製品を一堂に集め、“地域社会とともに歩む矯正施設”というテーマで一般市民に販売するイベントで、横浜刑務所では毎年11月上旬の週末、隣の公園で行われている。


東樹院

本堂

文福茶釜

六地蔵

歩をすすめる・・東樹院の昔話で「文福茶釜」の話がある。横浜の街並みを見晴らす、文福茶釜の伝承のある古刹である。港南の街を一望できる東樹院は、「文福茶釜」の言い伝えが残るお寺です。女性に化けたたぬきが置いていったと言われる茶釜は、東樹院に今も大切に祀られています。東樹院の庭には、この話を伝えるタヌキと女の人の陶製の像があります。


鰻井戸

東樹院の先には「北条実時とうなぎの井戸(昔話)」がある。鎌倉幕府を治めていた北条越後守平朝臣実時(ほうじょうえちごのかみあそんさねとき)が、1275年(健治元年に病にかかった。その後も金沢の城で療養していたが一向に快復しない。そこで家臣が紀伊国那智山の如意輪観音(にょいりんかんのん)に祈念したところ、実時の枕元に観音様が現れて「西北に2里(約8Km)行った場所に、井戸があるので、その水を飲むと快復する。井戸には頭の斑紋がある2匹のウナギいて、それが病から救う霊物である」と告げられたそうだ。
そこで井戸の水を取り寄せて飲んだところ、実時は1日1夜で快復したという。快復後、実時は井戸を訪れるとウナギが泳いでいたので「うなぎの井」と名付けた。その後「うなぎの井」は諸国に知れ渡り、水を汲みに多くの人が訪れたが、実時が亡くなった後、2匹のウナギもいつとなく消え失せた。そして、この井戸に関する縁起書(井戸の由来が書かれているもの)は、港南区笹下(ささげ)の三河屋にあった、とのこと。


旧街道分岐

かねさわ道案内板

この近辺は、かねさわ道と鎌倉街道が重なっている。かねさわ道の案内板が出入口に2カ所に建てられている。


かねさわ道

金沢と書いて「かなざわ」と呼ぶようになったのは江戸時代に入ってからで、古くは「かなさわ」「かねさわ」と言った。江戸時代金沢八景に行く旅人が多くなった。その頃作られた道標には「かねさわ道」などと彫られている。
洋光台は開発が進んでいる。かつては笹下城があった場所でもある。笹下城は北条早雲の家臣で「相模衆十四家」の筆頭である間宮豊前守信元の居城として知られています。当時は山内上杉氏と扇谷上杉氏の勢力が弱まる一方で、里見氏の勢力が拡大しており、里見水軍がしばしば上陸していました。そのため北条氏は間宮氏に命じてこの城を築き、北条綱成の玉縄城と連携して対応しました。本丸跡が成就院の境内となっており、かつては空堀などの遺構が残っていたようですが、現在、城址周辺は宅地化のため遺構はほぼ消滅しています。なお江戸時代に活躍した間宮林蔵や杉田玄白は間宮信元氏の子孫です。


かねさわ道・馬頭観音

案内板の隣に一基の馬頭観音碑立っている。馬頭観世音の文字だけ彫られた石碑は、多くが愛馬への供養として祀られたものであり、千葉県地方では馬に跨った馬頭観音像が多く見られます。
また家畜の安全と健康を祈り、旅の道中を守る観音様として信仰されました。馬は武家も農民にも生活の一部となっており、馬を供養する仏としても信仰されました。競馬場の近くによく祀られ、レース中の事故で亡くなった馬を供養していることが多い。


JR根岸線 洋光台駅

鎌倉街道とは栗木の交差点で分かれ洋光台駅に向かう、洋光台駅は1970年(昭和45年)に開業した。当初は横浜方面からの終着駅であったが、3年後に大船駅までが開通した。

開業以前の駅周辺は「矢部野」という名の小さな農村地区であった。駅の開業と前後して大々的に開発が行われ、同駅開業の3ヵ月後に入居が開始され、現在では横浜や東京への通勤者が生活する住宅密集地の中の駅となった。



                                                  
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