「富士山すそ野一周ウオーク」を歩き終わった後に裕美さんのお友達(富士山ぐるっとで・・)と「次はどこへ行こう」との話となり、手ごろな「上州
  ぐるり一周ウオーク」が候補にあがった。「上州・・」は残念ながら3回目以降は中止になったようだった。

  次に候補になったのが浅間山で、中央分水嶺トレイルト重なったので。私たちは10月スタートとした。
  第五回は前日から降り続いた雪の積もる中、追分宿一里塚から、雪景色の中塩野地区の真楽寺までを歩いた。

 

  
Blowin' in the Wind 2016

2017年
2月21日(火) 
「浅間山裾野ぐるり一周ウオーク」No6は追分一里塚から浅間サンルート塩野地区までの7.5kmを歩いてきました。

2月21日(火) 「間山すそ野一周ウオーク」5回目は真冬日&雪の中の追分宿と浅間サンラインを歩いてきた。追分宿を歩いたのは2013年の5月である。新緑が美しい風景だったが・・駐車場は雪で真っ白、横殴りに降る雪、真冬の景色が出迎えてくれた。

気温計には-3℃の標示も出ていた。追分宿に着いたのは、10時30分の少し前だった。駐車場には雪が舞い、それも横なぐりであった。懐かしい中山道・追分宿は雪景色だった・・

追分宿は越後路に至る北国街道との追分で交通の要所。享保年間には旅籠70軒余、茶屋18軒を数えたという大変にぎわった宿場であった。 浅間三宿(軽井沢・沓掛・追分)の中では、当時の面影が比較的多く残っている宿場である。


追分宿駐車場から

一里塚(右)

一里塚(左)

中山道

側道

芭蕉句碑

39番目の「追分一里塚」に到着する。ここは国道の両側に左右両塚とも残されている。案内板には「江戸へ39里 京都へ91里14町」とある。京都まではあと359kmほどある。


追分宿の碑

浅間(浅間)神社

堀辰雄記念館

枡形旧家

高札場跡

泉洞寺・山門

一里塚の先から右に分かれる細い道が「旧中山道」で、その先が20番目の宿場である追分宿である。右に入って2~3分歩くと追分宿郷土館があり、隣に浅間神社(あさまじんじゃ)が鎮座している。本殿は室町時代の作という大変古い建物であるが、社殿に収められているため見ることはできない。

境内に2基の石碑があるが、その一つは「追分節発祥地碑」で ”碓氷峠の権現様は わしが為には守り神 浅間山さんなぜ焼けしやんす 裾の三宿を持ちながら”  碓氷峠を越える馬子達の歌が飯盛女の三味線で洗練され、座敷歌となって諸国に広まったと言う。
もう一つは寛政5年(1793)に建立された「芭蕉句碑」 ”吹き飛ばす 石も浅間の 野分(のわけ)哉 芭蕉翁” 
浅間神社を出て4~5分、堀辰雄文学記念館 の案内があるが、 その入り口の門が「追分宿本陣裏門」である。裏門といっても立派な門である。


枡形・つがるや

分去れの碑

シャーロックホームズ像

庚申塔群

浅間山は・・

文学記念館から街道の右奥に、脇本陣であった「油屋旅館」が見える。その先が「高札場跡」であるが、(さだめ)が掲示されている。”一、毒薬、似せ薬種売買の事禁ず。” ”一、新作のたしかならざる書物売買すべからく事。” ”一、諸職人いい合わせ、作料、手間賃等高直(たかじき)にすべからず。”と書かれている。

さらに数分歩くと泉洞寺という寺院があるが、堀辰雄がこよなく愛したという石仏が見られる。まもなく追分宿の出口。かつては枡形道があり、「枡形の茶屋」と呼ばれた茶屋が数軒あったのだが、そのうちの1軒「旧茶屋つるがや」に当時の面影を見ることができる。街道はつるがやの前で国道18号に合流するが、すぐ先が「分去れ(わかされ)」(右)と呼ばれた追分である。
街道は「つるがや」の前で国道18号に合流するが、すぐ先が「分去れ(わかされ)」と呼ばれた追分である。分去れの碑からは、浅間サンラインを歩く。サンラインは国道18号線を信濃追分から分岐して菅平方面に抜ける国道18号線よりも一段高い所を走る快適な直線基調の高原道路である。北に雪雲に見え隠れする様連峰の峰々、南には蓼科 山・八ヶ岳連峰を望む景色は寒さ、風邪の冷たさを忘れるまさに絶景である。歩道は人ひとり歩いたように溶けた部分があり、そこを歩く。日陰に入るとその跡もなくなる。大型のトラックの通行量が多い。


八ヶ岳連峰と蓼科山

普賢寺参道

山門

本堂

境内

経堂

ゆるい上り下りを歩き、普賢山落の黄檗宗・浅間山普賢寺に立ち寄る。延宝5年(1677年)の開創という。境内に昭和56年(1981年)の火災で焼失した本堂の再建を記した石碑がある。山門前の二本杉(樹齢280年という)は、御代田町天然記念物に指定されている。

裏手に御代田町文化財指定のお経を収めた経蔵がある。境内に石仏「烏枢瑟摩ウスサマ明王:不動明王の化身と云われ、八大明王の一神である。


二本杉(右側)

浅間山は・・

真楽寺・本堂

観音堂

三重塔

神代杉

塩野地区にある「浅間山真楽寺」は浅間山の噴火が鎮まるよう祈願のため、用明元年586年に開山したという。長い石段を登りつめると、厄除慈母観音堂。その右手には、「むすぶよりはや歯にひびく清水かな」と芭蕉句碑と樹齢千余年の神代杉があります。


逆さ梅

杉の祠

鐘楼と句碑
 
浅間山

浅間連峰

浅間山

奥には、三重の塔が端正な姿を見せています。観音堂の左手には鐘楼、本堂などがあり、源頼朝ゆかりの逆さ梅や弁慶の腰掛松などもあります。
ゴール間近になると浅間山にかかっていた雲は切れて峰々が姿を現した。今回も浅間山の冬の姿を見ることができた。


今回はここがゴール・・4月はここの桜を見てスタートとの予告があった。



「浅間山すそ野ぐるり一周ウオーク」第5回(本人参加)の案内人はクラブツーリズムスポーツ旅行センター杉本講師でした。


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第7回 勢子辻~村山浅間神社  2015年 3月26日(木) 快晴