Blowin' in the Wind 2016
                          
いっちゃん水戸街道を歩く・・

JR常磐線北小金駅入り口に「サティビル」があり、先の交差点の角に道標が二基ある。一つは右水戸道中、もう一つには右水戸海道と刻まれている。旧水戸街道はここから直角に右折して6号国道へと向かう。交差点脇には「マツモトキヨシ1号店」が店を構えている。ある。

駅に向かっては「本土寺参道」の道標が立っている。


北小金駅前広場

マツモトキヨシ1号店

水戸海道道標

小金宿

根木内城址公園

土橋

JR北小金駅を左に折れて行く、宿場らしい風情は何もないが又6号線に出るところが根木内交差点となる。交差点の左側に見える小山が根木内城址である。。


広場

土塁

土塁

土橋

開発と国道6号の拡幅で一部が「根木内歴史公園」として整備されている。空堀、土塁などが残る。中世戦国時代にこの地域を支配していた「高城氏」の居城で、1462年(寛正3年)室町中期 高城胤忠が築城とも大永5年(1525年)高城胤吉が築いたともいわれる。大きさとしては200×500mの規模であった。城としては江戸時代前に終わっている。


街道脇の庚申塔

行念寺

不動明王像 

 緩い坂道を上ると柏市へ入る。この辺りはと柏市が流山市が入り込んでいる。道路向かい(右手)に古そうな庚申塔が見える。

この二基は青面金剛像が彫られたものと青面金剛と刻まれたもので、300年近く前の享保9年(1724年)と宝暦12年(1762年)のものである。宿場と宿場の境に立てられたものと考えられる。坂道を登りきったところに創建が室町時代後期の明応2年(1493年)3月と伝えられている浄土宗行念寺がある。本尊の阿弥陀如来はここに祀って、およそ520年となる。


香取神社

一里塚の碑

稲荷神社

松並木の案内板

八坂神社

庚申塔から10分ほど歩くと街道からは見えにくいところに、香取神社がある。中に一里塚記念碑、「ここにも一里塚があって、長い歳月の程を 朝に夕に 往き来の人を 送り迎えた榎の巨木は幾とせか前に枯損して塚は毀ち均され これは植え継がれた榎です・・・」とある。一茶の句も刻まれている。 下陰を さがしてよぶや 親の馬 一茶 青面金剛像の庚申塚も参道脇に立っている。

萱葺き屋根という珍しい神社が見える。享保8年頃の、将軍吉宗の時代に新田開発奨励により開墾された小金原で大規模な鷹狩りが行われた享保11年頃に創建された。
この辺りの水戸街道は広大な原野の「小金牧」の中。道に迷う旅人が多かったことから千本の松を植え、道しるべとしたことが八坂神社前の説明板に記されている。 右は「昭和37年(1962)頃の松並木」。今は一本も残されていない。
南柏駅手前には日光街道に脇街道の性格を持つ「日光東往還」の入り口がある。
 


日光往還入口交差点

別雷神社

豊受稲荷神社

神社拝殿

観音堂
交差点から少し行くと、こじんまりとしている別雷(わけいかずち)神社がある。この神社の霊験は大変なもので、百有余年の間、落雷に遭遇した氏子は皆無と言われている。京都の上賀茂神社が本宮である。
その先にある
豊受稲荷本宮(ゆたかいなりほんぐう)は、柏市に社を構える、全国でも神仏習合の珍しい(神仏混淆)の稲荷神社で、神殿の後ろに観音堂があり、お釈迦様や数々の仏像が祀られている。ここに参拝している時に神社の人と思われる年配のご婦人にあった。
話を聞くと宮司兼住職とのこと、神社・観音堂にまつわる話を聞いた。


新明神社

柏木戸案内板

柏神社境内

拝殿

神楽殿

街道沿いにある立派な石鳥居の神明神社は、明治初期の開拓民の心のよりどころとして勧請した神社である。

水戸街道は、水戸藩士の通行や人々の物資の輸送などに使われた重要な道でした。そのため牧と村の出入り口には木戸を作り、人々の往来を確保し、無宿者や浪人者などにも対処するための関所の役目も果たしていました。明治時代になって地租改正が行われ土地に番地がつくようになると、柏木戸のあったところが柏1番地となりました。現在、木戸は残されていませんが、水戸街道の「新木戸」や成田街道と言われた「花野井木戸」「船戸木戸」などが今でもバスの停留所の名称として使われている。

木戸案内板の先には、 こじんまりしているが、市内では一番有名な神社柏神社がある。旧来、天王様として親しまれていたが、明治期に八坂神社と羽黒神社を合祀。昭和49年(1974年)、社殿改築時に柏神社と名称を変えている。狛犬が2組ある。縁起によると羽黒神社と八坂神社の合祀で祭神は素戔鳴命 大山祇命。北柏方面へ歩き始める。


明治天皇休憩の碑

SOGOの駐車場ビルの脇に明治天皇休憩碑がある。明治17年(1884年)、女化け(おなばけ)原で行われた近衛砲大隊射撃演習の天覧に行幸された際の小休所だが、この碑は太平洋戦争真っ只中の昭和19年(1944年)に建てられたものである。


諏訪神社

拝殿

庚申塔群

馬頭観音

ゆるい右カーブの左手奥に諏訪神社がある。縁起案内がない。拝殿は新しい。左側に庚申塔が沢山並んでいる。きれいな神社である。16号線と交差する。前方に旧水戸街道入り口の標識が掛かる。JR常磐線の立体交差を越す。前方は柏玉姫殿の大きな建物。 

やがて国道6号線北柏入口交差点に差し掛かる。


旧家

妙蓮寺

清正講堂

阿型・吽型像

山門

根戸地区にはいると東陽寺が左側にある。江戸時代には寺子屋、明治に入ると早くも根戸学校を開校したという学問の寺である。
寺の入口に空海像が建っている。この辺りの建物は農家でどれも大きく立派である。

 東陽寺のはす向かいには、日念聖人が開山した妙蓮寺がある。建武元年(1334年)頃に創建したといいます。明治年代の清正公堂の改築、昭和年代の本堂修築をへて今日に至っている。

案内板にある、仁阿弥道八作「陶製仁王像」(我孫子市指定文化財)二躰のの高さは阿形像が30.5cm、吽形像が31cmとある。
両像は手びねりによりつくられており、造形は力動感にあふれ、仁王のいかめしい姿が巧みに表現された作品で、顔の表情も仁王らしくいかめしいなかにも柔和な表情をみせており、江戸末期の名工「仁阿弥道八」の作を窺わせる・・と案内にある。 

6号線根戸交差点を過ぎる。しばらく行くと街道はJRに分断されている。歩道橋を渡り、我孫子市立第四小の脇を入って行く。この辺りが我孫子宿の入口となる。


八坂神社

拝殿

我孫子ゆかりの
文化人碑

本町交差点脇、八坂神社の境内には立派な伊勢講塔がある。以前は宿場の入口にあったが、道路拡張等で境内に移された。
ここから宿が始まる。歴史のありそうな割烹旅館などが並んでいる。街道は宿場らしくくねくねと曲がっている。


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2018. 2.11 
小金宿~我孫子
    

行程  北小金~根木内城址~庚申塔~香取神社~八坂神社~日光東往還入口~豊受稲荷本宮~水戸街道木戸跡~
    柏神社~妙蓮寺~我孫子宿 11Km