姫様と歩く姫街道・・御油追分~見附宿(60.5Km)

東海道53次・57次を歩き終え、大阪からの新幹線車中で「姫街道を歩きたいネ・・」との声が、クラブツーリズム・旅行カルチャーセンターの協力、根津講師の街道歴史案内で東海道を歩いた、31期の仲間達の願いが叶いました。


姫街道の由来

<姫街道> 御油追分から見附宿まで


上図のグリーン線が旧東海道、赤の線が姫街道です。姫街道は東海道のバイパスで、浜名湖の北側を通る60.5キロの街道です。
東海道の新居関での厳しい取締りや、舞阪の渡しなどを嫌った旅人が利用しました。当時は本坂道と呼ばれていました。後に、この脇街道(姫街道)の通行が多くなり、江戸幕府は大名や旗本の通行を禁じました。それで本坂道を通るのは大名の奥方や姫君と一般庶民ということになり、姫街道と呼ばれるようになりました。

<姫街道の由来>

姫街道は東海道の御油宿から当古〜和田〜長楽〜高山〜本坂峠~三ケ日〜気賀〜見付宿へと通じるおよそ60.5Kmの道で、東海道の脇街道、別名、東海道本坂越・本坂道・本坂街道などと呼ばれ重要な街道でした。

この脇街道が江戸時代幕府御用道として注目されるようになったのは、宝永四年(1707年)10月4日、東海道筋を襲った大地震が発端でした。
浜名湖口から新居宿一帯が大打撃を受け、東海道の通行が困難になったため、臨時に姫街道を往来するようになったのです。
以来、東海道が通行可能になっても、増加したこの街道の通行量は減らず、街道の使役に駆り出される付近の農民は、災害の復旧もままならないまま農業作業もできず、迷惑していました。東海道の宿場は反対に、通行人が少なく寂れで困ったほどでした。

この両街道の住民の嘆きに応じて、幕府は享保2年(2717年)10月に、特別なこと以外は大名や旗本がこの街道を通ることを禁止しました。それ以降、この道は時折、宮家・公家・大名の貴婦人の大きな行列が通るだけの静かな往来になりました。
姫街道の名前の由来は大きく分けて二つの説があります。一つは、姫枝や婦女子が通ったからという説。もう山つはひね(古いという意味)の街道という説です。

一つ目の説では、
①今切(新居)の開所は婦女子の通行に対して取締りが特に厳しかったから
②舞阪、新居問の海の危険を婦女子が避けたから③今切開所、今切渡しという「今切」の言葉は婦女子に不吉と思われたからの三つが言われていますが・・
①では、気賀関所は婦女子に甘かったのか
②では、海は一年中荒れていたのか
③では、縁起かつぎを重視しすぎではないか、という反論もあります。

二つ目の説では、万葉歌が東海道のほうにはなく、こちらの脇街適にのみ残っているので、この街道を昔の主要街道として「ひね街道」と呼んでいたのが「ひめ街道」となまって変わったというのです。

いずれにしても、実際に姫様も随分通っていたようです。

江戸時代の公文書では姫街道の呼称は見られず、同末期の民間文書にやっと姫の名を冠した呼称が登場しているため、姫街道の名が定着したのは幕末・明治初期と考えられています。

この山中を通る姫街道も明治・大正時代の県道等の整備に伴い、しだいに通る人がいなくなり自然に埋もれて消えてしまいました。

昭和40年初頭「姫街道の復元再発見」を願う人々によって、御油追分から見付までの姫街道通過六市町村で「姫街道を守る会」が結成されました。
また、毎年桜の咲く頃に、お姫様を中心とした百余名が栄華絢爛な衣装をまとい都田川堤桜並木を歩く「浜松市姫様道中」が気賀宿で行われています。

<参考>
姫街道の一里塚(数字は江戸からの里程)
  大谷一里塚・(69)・山田一里塚・(68)老ヶ谷一里塚・(67)東大山一里塚・(66)追分一里塚・(65)小池一里塚64)安間一里塚

姫街道の宿場 嵩山(すせ)宿・三ヶ日宿・気賀宿・市野宿
姫街道未来宿跡:
姫街道連絡協議会「姫街道未来塾」は、姫街道を次世代に繋げていく為の啓蒙、保存活動グループで毎年「姫街道検定」を実施している。
  その他、年4回の瓦版発行、フォーラム等を行っている。

おもいでの画像


2015.2.3
三明寺三重塔
2015.2.4
本坂峠
2015.2.5
引佐峠
2015.2.5
気賀関所
2015.4.4
姫様道中
2015.4.4
参加者集合写真



                                    2月3日(水) 御油追分~当古の渡し

 

いっちゃん姫街道を歩く

 (日付・コースをクリック)

前半
2015. 2. 3

  御油追分~当古の渡し

2015. 2. 4 

  当古ノ渡し~三ヶ日一里塚

2015. 2. 

  三ヶ日一里塚~西気賀

後半

2015. 4. 3

  西気賀~一里塚

2015. 4. 4

  一里塚~気賀宿

2015. 4. 5

  気賀宿~見附宿