• 富士山見えた見えない星取表
  • ビューポイントはどの回でも複数ある、その内一ヶ所で見られればGood! 

No  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13   14   15   16   17  星取

○or●

  11-5


12月17日(木)昨年9月から始めた「すそ野ウオーク」も16回目となり次はゴールである。
今回は西湖北岸から河口湖、八木崎公園
までの標高900m前後の標高差は70m・・舗装道の緩やかなアップダウンの8Kmのコースだった。今年は雪の少ない富士山、西湖湖岸、足和田山塊、河口湖、三つ峠、御坂山塊などを眺めながら、初冬の山梨路、西湖・奥河口湖畔の遊歩道を歩いて来た。
今回はお久しぶりの真田講師であった。富士山の生立ちと自然、西湖・河口湖の成り立ちなどの話を聞き「すそ野ウークの醍醐味」を感じながらスタートの西湖北岸ら奥河口湖、八木崎公園までは富士山を眺められない。文化洞トンネルでは「ふじの山」を唄い歩いた・・久しぶりに大きな声を出して唄ったた。トンネルの中に「♪ ふ~じは日本一の山 ♪・・」の歌声が響いた。


今日の富士山
道の駅鳴沢から

西湖・いずみの湯

レイクホテル前、いずみの湯がスタート。足和田山塊の稜線から頭だけ出した富士山みる事ができた。ちょこっと頭でけを出した富士山をどう撮ればいいのか・・写真に写った山の頂上は意外と小さく迫力がない。
スタートして1Kmも歩かないうちに富士山の頭は見えなくなる。予報では午後から曇、所々で雨または雪の予報であった。ここが見納めかな・・。


西湖取水口

慰霊碑
十二ヶ岳 西湖東岸 案山子お出迎え?
お見送り?
文化洞トンネルへ

風の無い湖面にはさざ波がキラキラと太陽の光を反射している。冬の枯れた世界の唯一の華やかさかもしれない。釣り人であろうか・・小さなボートがポツリと沖に浮かんでいる。湖岸の斜面には枯れたススキが冬の風情を引き立たせている。
1.2Km程歩くと前浜野集落の入口になる。右側の前方湖畔はキャンプ場になっている。冬の静かな風景が広がっている。集落への道を入る。緩やかな登り坂の道である。両側には廃屋が目立つ。昭和41年9月の豪雨で三ッ沢川沿いの土砂崩れで31人が無くなる大きな被害があった。助かった人たちは南岸に民宿村を作り移住した。過疎の村の廃屋が並ぶ中を歩く。村の中心に薬明神社がある。 創立年代は明らかでないが、甲斐国志に「(薬明権現)西湖村に木村枝根場両処に祀る」「十二岳の最高峰に山霊を祀りて最上権現と称す」とあり、本殿は寛永元年の造営、昭和四十年本殿解体復元大修理されたと言う。神社の先のT字路を右に下ると21号線にぶつかり、西湖の東に出る。その先に文化洞トンネルが見えてくる。このトンネルができるまでは西湖根場地区の中学生は供たちは峠を越えて学校に通っていた。
トンネルを抜け毛無山登山口先に河口湖と三つ峠の展望が拡がる。
トンネルの少し先で、西湖と河口湖の70mの水路でつなぎ災害対策をし、発電所を建設した場所を一望できる21号線から脇道に入る。集落の中に西浜中学校・小学校の綺麗な校舎が見えてくる。この地区の子供たちは保育園から小学校、中学校と皆一緒だそうだ。小学校から400m程歩くと河口湖岸の710号線に出でる。

文化洞トンネル
河口湖側へ
河口湖の展望 ススキ・初冬 ローカルならではの・・ 富士まぶし 小付け

今回の昼食は長浜旅館で名物の「富士まぶし」だった。鱒をから揚げにして炊き込んだものだ(鯛めしの鱒バージョン?)、まず、小付けのきんぴらごぼうが旨かった。富士まぶしは出汁が効いていてそれなりに旨かった。1膳目はそのまま、2膳目は香味野菜をのせて、3膳目はだし汁をかけての順であった。どう食べるかは好みだろう。いっちゃん的には香味野菜のせが口にあった。

長浜旅館・玄関 ミニ和服・展示 奥河口湖から 奥河口湖 道の駅勝山から

午後は奥河口湖から道の駅勝山、御室浅間神社を経由して八木崎公園までである。

奥河口湖から八木崎公園までは、逆ではあるがJMLの河口湖ツーデーマーチで紅葉の時期に何度か歩いている。40Km・20Kmのコースだった。

早朝のスタートで足早に通り過ぎていった遊歩道だった。何年か前に一緒に歩いた裕美さんとも懐かしく話した。今は、あの当時の健脚は懐かしい思い出であり、周りの景色・風景を見ながら鳥の声、風の音を聞き・水の色、空の色を見て写真を撮りながら歩いている。
道の駅勝山で小休止・・富士山は雲に隠れてしまった。

道の駅勝山
展望台から
パノラマ
道の駅勝山
展望台から

湖畔のカフェ
水田発祥記念碑 湖畔を歩く

道の駅勝山を出ると小海公園の脇に「水田発祥の地」の石碑がある。その先には河口湖の氾濫を示した水位計があり、昭和13年の洪水時は3.1mと記されている。
勝山の河口湖南岸の湖畔沿いに「さくや愛の鐘」と呼ばれるオブジェが あり、隠れた告白スポットとなっているそうだ。一つ鳴らすと「愛が叶う」二つ鳴らすと「願いが叶う」そうである。かなりたくさん鳴らしていた人もいたが・・安産の御利益のある御室浅間神社に祭られている「木花咲耶姫命」にちなんで命名してそうだが・・果たしてご利益は。


水位計・洪水の跡
完歩表彰式
さくや愛の鐘
三つ峠・御坂山塊 みずどり 田中冬路詩碑

今回、2名(姉妹で)の方が17回の完歩となり愛の鐘の前で表彰式が行われた。富士山のビューポイントだったが、残念ながら午後になってから雲が出てきた。次回は26名の完歩の予定だそうだ・・元気な中高年です。

シッコゴ公園 公園から 湖畔のレストラン 参道前から 参道(裏) 御室浅間神社
表参道

湖岸を少し歩くと春の流鏑馬神事(やぶさめしんじ )の舞台となるシッコゴ公園に着く。「シッコゴ」というのはアイヌ語で「湿原」を意味するそうである。

公園から湖岸を少し離れ御室浅間神社に向かう。

冨士御室浅間神社(ふじおむろせんげんじんじゃ)は、山梨県南都留郡富士河口湖町にある神社で、旧社格は県社である。全国にある浅間神社の一社で、旧称小室浅間明神であった


百福の龍宝珠
撫で牛
(触りまくってきました)
山門
扁額

信玄公御祈願所
拝殿

文武天皇3年(699年)に藤原義忠によって創建されたと伝えられる。社名の「御室」は、かつて祭祀を石柱をめぐらせた中で執り行っていたことによるものである。中世には修験道、近世には富士講と結びついて発展した。戦国時代には甲斐武田氏の崇敬を受けた。現在の社殿は、明治22年に再建されたものである。

拝殿 御室浅間神社・本宮 鵜島 十月桜?冬桜? ガガイモ
(つる性多年草))
サクラ

「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一部として世界文化遺産に登録されている。境内は本宮と里宮からなる。本宮である山宮は富士山吉田口登山道の二合目に鎮座している。富士山山中に最初に勧請された神社とされている。里宮は河口湖畔の勝山に鎮座している

ゴール間近・・ 八木崎公園 富士は雲の中 ゴールへ ラベンダー ゴールから

天慶年(940年)に藤原秀郷が平将門の乱を鎮定した帰り、戦勝を祝って御礼祭を行って流鏑馬を奉納したことから始まる。現在は、武田流流鏑馬神事として行われている。
浅間神社から15分ほど歩くとゴールの八木崎公園である。八木崎公園は河口湖畔にある広大な公園である。対岸の大石公園と共に河口湖ハーブフェスティバルの会場になる。特にラベンダーが有名で、6月下旬~月にかけて薄い紫の絨毯を敷き詰めたような光景が楽しめ、園内にある河口湖ミューズ館は女性に人気だと言う。 本日完歩となったの2名の人達を公園のゴールで拍手のお祝い・・おめでとうございました。

本日のモノクロ
富士山態

湖畔のカフェ
コミニュティバス 光芒



「富士山すそ野ぐるっと一周」第16回の案内人はクラブツーリズムスポーツ旅行センタ真田比呂美講師した。 


今日のコースは西湖・北岸→長浜河口湖畔道の駅かつやま冨士御室浅間神社八木崎公園



                                          第17回(ゴール・完歩)へ


どこへ行っても「富士山」を見ると歓声が上がる・・関東に住んでいる者にとっては意外と身近に見える山である。東海道を歩いている時、いろいろなところから「富士山」を見る機会があった。それぞれの美しさがあった。

木更津からみる「富士山」は、木更津港のシンボル中の島大橋を額縁に見立てた富士、太田山からは夕日に染まった富士、東京湾アクアラインと富士、富津岬からは海に浮かぶ富士と見所はたくさんである。
「富士山すそ野一周ウオーク」どのような美しい富士山を見ることができるのであろうか・・


      
2013年世界文化遺産に登録された「富士山」・・                     ぐるっと一周ウオーク・・富士山を360度仰ぎ見ながら歩く・・
         
Blowin' in the Wind 2015

第7回 勢子辻~村山浅間神社  2015年 3月26日(木) 快晴