Blowin' in the Wind  東海道完歩31期の仲間たちと・・

       青梅線沿線の旅(全10回)      2015年5月〜


青梅線  営業キロ数
立川駅− 奥多摩駅間 37.2Km、駅数は起点・終点を含め25駅である。

青梅は江戸時代から良質の石灰石の産地として知られ、江戸の壁などにも使われた。明治を迎え、殖産興業政策の下、セメントの原料としての需要が増す。そんな折、日向和田の石を運ぶため明治27年、立川一青梅間で開業したのが青梅鉄道(青梅線の前身)当初は中央線で立川から運んだが、昭和4年に立川、青梅間で開業した南武線と結び、青梅の石灰石を川崎の浅野セメント工場まで運んだ。
「青梅線人より石が高く見え」と言われた。

左画像:青梅線の旅パスポート
      JR立川駅〜JR奥多摩駅
     

6月21日(日)
第二回 昭島駅から福生駅まで(約8Km)

東海道を歩く会「第31期同窓会」の「青梅線沿線の旅、第2回は昭島駅から福生駅までの8Kmを歩いて来た。

青梅線沿線を歩く A  昭島駅〜福生駅

19日(金)(14名参加)に続いての開催に21名が参加した。昭島から福生間を歩き、主に神社・仏閣めぐりの内容だった。
昭島市内から拝島市内を歩くのは初めてである。ウオーキングの大会・歩こう会の例会でも出かけたのは三鷹までである。久しぶりに顔を合わせる仲間もある。受付を済ませスタート・・話に夢中になり傘を忘れ、慌てて取に戻る。
駅前から南に向かって住宅街に入る。郊外の住宅地の中に
日枝神社(上川原日枝神社)がある。上川原村の鎮守で創建は440年位前と言われ、祭神は日本武尊で相殿(同じ社殿に2柱以上の神を祀っている)には大山咋命が祀られている。

昭島駅 日枝神社・山門 拝殿 龍田寺・山門 痢病尊
痢病尊・ご本尊

神社のすぐ南側には創建は元和元年(1615年)の龍田寺(りゅうでんじ)がある。ご本尊は釈迦如来である。山門を入ると左側に下痢、腹痛などの守護神「痢病尊」を祀った祠がある。ご本尊をお詣りすることができた。

本堂
庚申塔
文殊楼 八角円堂 西門 大黒堂

郊外の住宅地の中を歩く、初めての所で地図との対照ができない。道も複雑である。東京環状を渡り拝島町の交差点を右折するとその先に拝島大師がある。広い敷地に大きな建物がが並ぶ。奥に見える本殿は東大寺に似ている。説明ではそれぞれの建物は東大寺の建物などに模して造られているとの事。だるま市で賑わう事で知られこの寺は、天台宗の仏教寺院で、比叡山延暦寺の中興の祖、良源(元三大師、慈恵大師)を本尊として祀られている。ここのダルマは東京だるまは、別名多摩だるまとも言われ、東京都西部で生産されているだるまである。


多宝塔
多宝塔から 本堂
大日堂案内書き
拝島の藤 おねいの井戸

すぐ隣には千年以上前、平安時代初めに創建されたと案内にある、密厳浄土寺大日堂が建っている。山門の階段脇には「おねいの井戸」と呼ばれる井戸が残っている。大日堂中興の祖、石川土佐守の娘おねいの眼病がこの井戸の水で治ったと言い伝えられている。階段を上ると朱塗りの立派な拝殿がある。絵馬はだるま・・隣には千年余り前に創建された旧拝島村の鎮守であり、土地の神、農耕の神である大山咋命を祀る日吉神社が並んで建っている。立派な拝殿と本殿は美しい色であった。両神社の階段下の境内(公園?)には新東京100景に選ばれている樹齢800年以上のフジは「拝島のフジ」と呼ばれ、新東京100景に選ばれている。
寺社の前の通りは29号線で「千人同心街道」とも呼ばれている。徳川氏に庇護された武田の遺臣達、千人同心が八王子と家康を祀る日光東照宮の行き来に使った道である。通りから左に入ると幼稚園から高校までの一貫教育の啓明学園がある。広大な敷地の中にある。通りに出て、拝島三叉路を左に入り昼食タイム・・

大日堂 絵馬
日吉神社・山門
拝殿
本殿
仙人同心街道

昼食後、外に出ると雨である。15分ほどの所に拝島の石川酒造場がある。以前はビールを醸造していたとの事だが、現在は清酒「多満自慢」を主力に酒造りをしている。
石川酒造(石川家)は室町時代から続く名家で、文久3年(1863年)13代当主が玉川上水の熊川分水を引き込み、酒造業を始めた。多摩川沿いに残る酒蔵の一つである。
団体さん御用達の専門ガイド?の流暢な案内で約30分の見学コースを回る・・敷地は広いが見学コースはコンパクトに出来ていた。酒の命・水、夫婦欅、当主(先代)、ビール窯の話等々、面白可笑しく聞かせていた。

奥多摩街道・道標 啓明学園 建物・外から 街道(左へ) 石川酒造 入口

7号線に出るとすぐに真福寺が見える。640年程前、応永5年(1373年)創建され、江戸時代初期迄多摩一円の修験の中心であったと言う。門が閉じられていた。その先の路地を左に入ると、一社七福神が祀られている。熊川神社がある。本殿は福生市内で最古の木造建築である。慶長2年(1597年)、正保3年(1647年)、寛文11年(1671年)の棟札が発見されている。拝殿前には「分梅神社」??の提灯が下がっている・・聞くと映画のロケ前との事。参道の先から撮影する。熊川神社の脇には清流が流れている。多摩丘陵の豊富な水と玉川上水からの引水である。熊川の水事情・・文化財「伝 地頭井戸」の跡が残されている。


熊川上水石碑

夫婦欅
名水 石川家長屋門 ビール蒸溜窯
真福寺・庚申塔

熊川神社の先には、応永18年(1411年)に創建、足利4代将軍義持開基の福生院がある。本堂は新築中であった。境内には福生氏で二番目に古いとされる板碑が残っている。新奥多摩街道に出て五日市線の踏切をわたると、玉川上水がある。18世紀頃の江戸は世界一の百万都市立った。神田上水だけでは飲料水を賄いきれず、多摩川を水源とする上水開発計画が浮上し、承応2年(1653年)、玉川兄弟により僅か8ケ月で羽村から四谷大木戸まで43Kmの人工の川が造られた。その上水は現在でもきれいな水が流れ続けている。

熊川神社
用水
伝 地頭井戸案内板 伝 地頭井戸跡 福生院
板碑

上水沿いに北西に進む。600年位前に創建され、松と境内を凍れる清流が美しく、名札東京名湧水57選の一つにもなっている。臨済宗建長寺派の清岩院がある。


本堂内
玉川上水
車地蔵

車地蔵
清岩院 福生駅コンコース

湧水を庭の池に取り入れている清岸院では、ご住職が寺の歴史などの説明を聞くことができた。ここには珍しい車地蔵があり、その謂れを聞くことができた。新しいお寺であるが、庭園の池の上に立つ本堂の姿は素晴らしかった。
小降りになった雨の中、ゴールの福生駅に向かう。


今日のコースは 昭島駅→日枝神社→龍田寺→拝島神社→大日堂→日吉神社→(千人同心街道)→龍津寺→石川酒造→真福寺→
            熊川神社→福生院→(玉川上水)→清岩院→福生駅



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