Blowin' in the Wind  東海道完歩31期の仲間たちと・・

       東京下町・武蔵野さんぽ 大江戸線ウオーク(全13回) L 
   
                                    2014年1月〜2015年2月
2015年2月13(金) 第十三回 森下から門前仲町までの3駅間


いよいよファイナル・・東海道31期の仲間と歩く「大江戸線沿線ウオーク」も13回(最終回)となって、今回は森下駅から門前仲町駅まで歩きました。

平成26年1月19日に東海道を一緒に歩いた仲間たちと、大江戸線・門前仲町をスタートした「東京下町・武蔵野さんぽ大江戸線ウオーク」は平成27年2月13・14日に門前仲町駅にゴールしました。

今回コースは森下駅から門前仲町駅まで・・毎年、新年の七福神めぐり、また、東京ウオーキング協会の例会等で歩いているお馴染みのコースである。午前中は暖かい陽射しの中の歩きであったが、午後からは北風が強く吹いてきた。

大江戸線森下駅 深川神明宮 寿老人 本殿 芭蕉記念館 石碑

10時過ぎに森下駅前をスタート。森下駅前の交差点を南下、150mほど歩き右折すると江東区最古の神社で、この地の開拓者、深川八郎右衛門が、慶長元年(1596年)伊勢皇大神宮の天照大神の分霊を祀った深川神明宮がある。「深川」の地名は開拓者の名前から付けられた。深川七福神めぐりのスタート・ゴールでもある。境内の幼稚園では子供たちが元気で遊んでいた。
神明宮を出て西に向かう、道路は一方通行(車両)である。正月の七福神めぐりの時期は人も多いがこの季節歩行者は少ない・・300mほど歩くとT字路突当り、芭蕉記念館の建物が見える。門をくぐると目の前に広がるのは趣ある日本庭園・・こじんまりとした庭園ではあるが、 芭蕉の俳句にちなんだ花や草木、池、滝が施されていて、芭蕉が詠んだであろう自然を感じることができる。庭園には茅葺き屋根のほこらや芭蕉の句碑があり、昭和56年に完成した館内には展示室、図書室があり、展示室では常設展と企画展を行っており、芭蕉直筆の短冊、掛け軸等貴重な資料が展示されている。図書室には芭蕉研究に関する書や紀行文、芭蕉全集、俳諧史など約7000冊を蔵書している

記念館を出て万年橋北詰の手前に「旧新大橋跡」の石碑がある。

庭園
旧新大橋跡
万年橋 芭蕉稲荷(芭蕉庵跡) 史跡展望公園入口 石碑

「元禄6年12月この地先の隅田川に架設起工し52日間で完成し長さ百間幅員三間七寸あり」と書かれ、両国橋に対して新大橋と名づけられた。当時の新大橋は現在の新大橋よりも南に架かっていた。芭蕉も施工中に「初雪や かけかかりたる 橋の上」、完成後「ありがたやいただいて踏む はしの霜」と詠んだとのことです。広重の名所江戸百景「おおはしあたけの夕立」は、元禄年(1693)に架けられた新大橋を措いたものである。芭蕉庵跡(芭蕉稲荷)がこの近くにある。延宝年(1680年)芭蕉36歳の時にこの地に移り住んだ。

清洲橋
芭蕉像
展望公園から清洲橋 新大橋
新大橋(現代)
干鰯跡石碑

芭蕉記念館本館から徒歩3分(近道で)のところにある分館の史跡展望庭園は、隅田川と小名木川の合流地点にあり、四季折々の水辺の風景が楽しめます。庭内には芭蕉翁像や芭蕉庵のレリーフを配し、往時を偲ぶことができます。
芭蕉翁像は、午後5時になりますと写真の向きから隅田川に向かって像が回転します。像はライトアップされますが、像が回転しているところは、庭園が午後4時30分に閉まるため、間近で見る
とはできません。
元の通りに戻り万年橋を渡り南詰の脇のには小さな公園があり、ここにも芭蕉句が書かれている。南詰の交差点を渡り南に進む。相撲部屋の看板を見ながら歩く。清澄通りにぶつかる。交差点を渡り南に歩き清澄3丁目左折する。学校の門の脇に「干鰯場跡」の石碑が立っている。干鰯の出現時期については一説には戦国時代にまで遡ると言われる。鰯を乾燥させ、肥料として自己の農地に播いたのが干鰯の始まりと言われている。鰯の水揚げの多かった銚子港から運ばれたので銚子場の呼び名もある。


深川釜匠

看板です・・
アサリ丼定食 深川江戸資料館 館内

先の交差点を渡り深川資料館の通りに出ると先の交差点の左側に「深川釜匠」がある。今日の昼食場所である。

深川飯、深川丼のお店は混雑で行列の時もあり、入れなかった。今回は釜匠さんで深川丼の昼食でこれまた初めてであった。深めの丼にたき込みご飯き、大き目のアサリの身がたくさんのっていた。「食べきれなかったらこれでおにぎりにして・・」ラップが出ていた。食べきれず半分残して「ごめんなさい」でした。

民家・商家の内部 八百屋さん
江戸時代のハンガー
屋台 林泉寺案内板 石碑 屋根のかえる 芭蕉像(案内板から)
福寿草(清澄庭園)

食後は完歩表彰式を行い、午後のスタートは昭和61年オープンした「深川江戸資料館」の見学・・深川佐賀町にあった建物・建物内部などを実物大に復元展示している。館内は一部を除いて撮影OK、ボランティアガイドの説明も充実している。(館内の展示物は写真で・・)

資料館を出て、清澄3丁目の交差点から清洲通りを西に少し行くと左側に芭蕉が、しばしば参禅した名刹の臨川寺がある。臨川寺は承応2年(1653年)鹿島根本寺の冷山和尚が草庵を結んだことに始まり、その弟子の仏頂禅師が幕府に願い出て、正徳3年(1713年)瑞甕山臨川寺という山号寺号が許可され、延宝8年(1680年)深川に移り住んだ松尾芭蕉は仏頂禅師と親交が厚く、度々参禅に通ったと伝えられています。以来、芭蕉ゆかりの寺として「玄武仏碑」をはじめ、「梅花仏碑」「墨直しの碑」「芭蕉由緒の碑」などの石碑が残されている。


庭園
亀の甲羅干し 涼亭(逆光で・・) スカイツリー
霊厳寺
六地蔵

清澄庭園は泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」で、この造園手法は江戸時代の大名庭園に用いられたものです。明治時代の造園にも受けつがれ、この清澄庭園によって近代的な完成をみたといわれています。
一部は江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。享保年間(1716〜1736年)には、下総国関宿の城主・久世大和守の下屋敷となり、その頃に庭園が形づくられたよと言われる。明治11年、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画、明治13年に「深川親睦園」として一応の竣工をみました。弥太郎の亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。
庭園は昭和7年に開園された。 園内は大きな池を囲むように緑があり、名石をはじめ涼亭、泉水、芭蕉の句碑、大正記念館など歴史ある様々な見所が多数あります。全国から数々の名石が集められ、代表的な石に伊豆磯石、佐渡赤玉石、京都保津川石などなどが配置されています。

本堂 墓所案内版 定信の場所
滝沢馬琴生誕の地

採茶庵・芭蕉像
採茶庵

清澄庭園を出て、清澄庭園前の大きな交差点から、庭園とは反対方向へ少しいったところに浄土宗寺院の道本山東海院霊巌寺がある。寛永元年(1624年)、霊巌雄誉上人が隅田川河口を埋め立てて霊巌島を築いた時の草創である。明暦の大火(1657年)の後に現在地へ移転した。境内には、寛政の改革をなした松平定信の墓や江戸六地蔵の一つで、六街道の入口にそれぞれ一体ずつ安置されたものである。1番目は品川寺(南品川)、2番目は東禅寺(東浅草)、3番目太宗寺(新宿)、4番目は眞性寺(巣鴨)、5番目がここ霊巌寺、6番目は永代寺(門前仲町)だが廃仏毀釈で消滅した。
清澄通りに出て南に歩くと江東区平野児童館の前には、江戸時代後期の戯作者で代表作「南総里見八犬伝」の作者「滝沢馬琴生誕の地碑」がある。碑の前には本が積まれている。
仙台掘川を挟んで斜向かいには小さな庵を模した建物の前に芭蕉像がある。芭蕉が門人杉山杉風の別荘を借りていた場所「採茶庵」である。元禄2
年(1689年月27日、芭蕉はここから「奥の細道」へ旅立った。脇の仙台掘川岸の遊歩道には「水辺の散歩道」があり芭蕉の句が建てられて(句は写真参照)いる。

散歩道の芭蕉の句 心行寺
五重塔(石柱)
法乗院
深川の閻魔様
富岡八幡宮 完歩・ゴール

清澄通りに戻り道路反対側に渡ると福禄寿の心行寺には江東区最古で元亨年(1324年)の銘が刻まれている石造の五重塔がある。一昨年の七福神めぐりで訪れた所だが雰囲気が違うと皆さん言っていた。
その隣には深川の閣魔様と地元の人たちに親しまれている法乗院がある。ここはお賽銭を賽銭箱に入れると説明が聞けるハイテク?閻魔様である。境内には。どのように付いたのか?付けたのか?曽我兄弟の弟五郎の足跡石がある。
富岡八幡宮がゴールとなり参加者全員で記念写真を撮り完歩を祝った。

芭蕉記念館深川江戸資料館は見学するのは初めてだった。霊厳寺の六地蔵を初めて見ることができた。江戸六地蔵はこれで全部訪れたこととなる。お馴染みのコースでもテーマが変われば、初めて見るもの聞くものが多く下町を見直したコースだった。


今日の行程     

      森下駅→深川神明宮→芭蕉記念館→旧新大橋跡→芭蕉稲荷→芭蕉庵史跡展望公園→干鰯(ほしか)場(銚子場)跡→
      深川釜匠(昼食)→深川江戸資料館→臨川寺→清澄庭園→霊厳寺→滝沢馬琴生誕地→採茶庵→仙台堀川・水辺の散歩道→
      心行寺→法乗院(深川の閣魔様)→門前仲町駅(ゴール)



                                              おしまい・・