Blowin' in the Wind  東海道完歩31期の仲間たちと・・

       東京下町・武蔵野さんぽ 大江戸線ウオーク(全13回) I 
   
                                    2014年1月〜2015年2月
2014年11月14日(金) 第十回 飯田橋駅から上野御徒町駅までの4駅間

「東京の下町・武蔵野さんぼ 大江戸線ウオーク」の第10回目は飯田橋駅から上野御徒町までの4駅の区間を歩いた。

地下鉄の駅は目印がない・・ホームからの方向感覚も鈍る・・大江戸線飯田橋駅もご多分にもれず、分かり難い・・参加者が数名、時間になっても来ない・・迷ったようだが、大きな遅れもなくスタートする。

400mも歩かないうちに、水戸藩の上屋敷跡であり、国の特別史跡・名勝に指定されている小石川後楽園前に到着、入園料一般300円、65歳以上150円とあった。参加者の詳しい年齢まで把握していなかった。団体割引24名を一般で購入・・なんと23名が65歳以上であった。後の祭りである。中国の趣を取り込んだ回遊式泉水庭園を講師の案内で回る・・円月橋が静かな水面に映る姿が美しかった。「・・跡」と建物は残っていないが歴史を残す案内板も数多くある。中国の教え「士はまさに、天下の憂いに先立って憂い、天下のしみにれて楽しむ」から後楽園と名付けられた。園内煮に入った時の正面、出るとき振り返った時に見える東京ドームの白い屋根・・これが現在です。


大江戸線・飯田橋駅
小石川後楽園 講師の説明を
聞きながら
得仁堂 丸屋 円月橋

小石川後楽園を出て、右に文京区役所、後ろに後楽園を見て大通りを左折、すぐに斜め右に、坂道を登ると右側に源頼朝の創建で、菅原道真公を祀る牛天神北野神社の急な階段の参道がある。参道の脇には菊鉢が並べられ、境内は小規模ながら菊祭りの会場となっている。中島歌子の歌碑も見ることができた。

神社を出てすぐ右折、安藤坂を登る。登り切った左側に明治の女流歌人中島歌子の歌塾跡がある。樋口一葉は内弟子であったと言う。通りに戻ると正面に大きな山門の伝通院が見える。

紅葉と灯篭
牛天神
牛天神
(北の神社・本殿)
福聚院(本堂) 福聚院
(ご本尊の写真)

唐辛子地蔵

山門手前に園児の声が聞こえる幼稚園がある。大黒天と唐辛子地蔵がある福聚院である。園長さんの計らいで本堂を参拝させていただき、鎧兜姿の大黒天の写真を見せていただいた。唐辛子地蔵は咳止めのご利益と書かれていた。

伝通院・山門 伝通院・本堂 於大の方の墓 千姫の墓 鶴松の墓 鷹湖の墓

伝通院は浄土宗のお寺で寺号は、無量山伝通院寿経寺である。ウオーキングの大会で何度か立ち寄っているところである。徳川家の女性、子女達の菩提寺となっている。家康の母、於大の方の院殿号(伝通院殿)に因んだ名前であり。於大の方、千姫、鷹司孝子(家光の正室)等の立派な墓が並んでいる。いつも思うことだが・・たかが墓、されど墓・・あの大きな石をどのようにして積み上げたのか・・伝通院を出て左に行くと善光寺坂である。

柴田練三郎の墓
赤坂割烹教場跡碑
幸田文居住宅
善光寺坂の大椋
澤蔵司稲荷
芭蕉句碑

途中、右側に「赤坂割烹教場」の石柱があり、その向かいが幸田文の住んでいた後である。現住の建物でもある。善光寺坂の大椋の木も元気そうであった。坂の途中には「一しぐれ 礫や降りて 小石川」の芭蕉の句碑がある澤蔵司(たくぞうす)稲荷である。趣のある神社である。

小石川の蒟蒻閻魔(源覚寺)は400年位前に創建された浄土宗の寺である。鎌倉時代の木造「閻魔王坐像」が安置される。願いが叶うと閻魔様に蒟蒻を供えたことから「こんにゃくえんま」と呼ばれている。お百度を踏んでいる若い女性がいた・・何を願っていたのか・・

善光寺 こんにゃくえんま
(源覚寺)
こんにゃく玉 菊坂
一葉居住跡の井戸

スカイツリーが
見えた

菊坂を登る途中には極貧の時に樋口一葉が通ったと言われる「質屋・いせや」跡がある。若くして大きな苦労を背負い、若くして亡くなった一葉の苦労が偲ばれる。文士の案内板の並ぶ通りから一つ外れた裏道の脇を入ると、井戸がある。一葉が18歳(明治23年)から24歳まで3年暮らした樋口一葉旧居跡である。木造の3階建て・・当時のたても中は定かではないが情緒を感じる。苦しい長屋生活の中で、名作「たけくらべ」「にごりえ」等を発表したところでもある。


喜之床跡案内板

ニコライ堂

パンフと同じ
アングルで
昌平坂学問所
孔子像
神田明神

炭団(たどん)坂を登り、通りに出ると石川啄木が間借りしてた「啄木の喜之床跡」の案内板に出会う、床屋の二階に間借りしていたところである。現在も「新井」と書かれた床屋である。

昼食を摂り通りを南下する。総武・中央線の高架を渡り御茶ノ水の駅の先にはジョサイア・コンドル設計で日本ハリスト正教会教団・東京復活大聖堂のニコライ堂も威風堂々の姿が見られる。向かいの湯島聖堂と結ばれる橋は公募により「聖橋」と名付けられたとの事。

湯島聖堂は元禄4年に5代将軍・綱吉により建てられた。本来は孔子廟であり、等身大の講師像がある。建物は中国様式を感じさせるもので、日本の学校教育発祥の地でもある。

なにやら賑やかな外国人カップルと撮影スタッフ・・神田明神の門前、境内を駆け巡っている。どうやらラリーをやっているようだ。かんだ明神は、平将門を祀り、正式には神田神社と呼ばれる。ここで執り行われる神田祭は、日枝神社の山王祭、富岡八幡宮の深川祭と並び称される江戸三大祭の一つである。境内には靴を履いた「大黒天」、出演した俳優・女優さんたちで立てた「銭形平次」の石碑などもある。

神田明神の急階段を下り清水坂下から妻恋神社脇の通りを登りきると湯島天神の鳥居が見える。

神田明神境内で・・ 麟祥院山門
本堂
(春日局の菩提寺)

春日局の墓
湯島天神
(撮り置きの写真)

マッサンとエリー
(おまけ途中で・・)

手前脇道を左に入り湯島二丁目で右折、通りの先には侘び寂を感じさせる麟祥院の山門が見える。麟祥院は春日局の菩提寺である。春日局は1643年没した。周囲にからたちの生垣があったところから「からたち寺」と呼ばれている。

ここからは大江戸線の上を歩く。少し行くと右側には学問の神であり、菅原道真を祀る湯島天神の姿が見える。660年位前に創建され、その110年後、太田道灌により再建された。絵馬には学問・試験合格が書かれている。

広島への新幹線の時間もあり、皆さんとはここでお別れ・・次回、また、お会いしましょう・・

一日青空・・朝は富士山を見ながら、広島行きも薄暮の富士山・・いい日一日でした。


今日のコース 飯田橋駅→小石川後楽園→牛天神北野神社藤坂萩の舎跡中島歌子の歌塾跡伝通院善光寺坂
  
澤蔵司(たくぞうす)稲荷源覚寺こんにゃくえんま菊坂)→樋口一葉旧居跡炭団坂啄木の喜之(きの)床跡石川
  啄木が間借りしていた床屋)
ニコライ堂湯島聖堂神田明神麟祥院春日局の菩提寺通坂湯島天神
  上野御徒町駅


                                              第11回へ