Blowin' in the Wind  東海道完歩31期の仲間たちと・・

       東京下町・武蔵野さんぽ 大江戸線ウオーク(全13回) E 
   
                                    2014年1月〜2015年3月
2014年6月13日(金) 第六回 東中野→中井→落合南長崎

東中野(寺町)は殆どの寺院が4〜5百年前の創建で由緒あるが、明治末期から 大正初期に牛込近辺から当地に移ってきた寺が多い、正見寺は浄土真宗の寺である。東中野駅裏の商店街の細い道を行き早稲田通りを渡ると、本殿の外側は青で塗られた珍しい寺であり、境内には立派な親鸞聖人像が建てられている。江戸三大美人の一人、笠森お仙が眠る(倉地家の墓)事でも知られている。

「笠森お仙」:谷中(現台東区)の笠森稲荷の前で水茶屋を営む鍵屋五郎兵衛の娘として宝暦2年(1752)に生まれ、「柳屋のお藤」「蔦屋のお好」と共に、江戸の三美人と言われました。14、5歳の頃には、水茶屋の看板娘として、その美しさが評判になり、太田南畝の「一話一言」や「売飴土平伝」にも記されているほか、浮世絵や芝居でももてはやされ、また後世まで子供の手毬唄に長く歌われました。お仙は御庭番の倉地政之助に嫁ぎ、九人の子を育てたそうですが、文政十年(1827年)病気のため没し、四谷(現新宿区)の正見寺に葬られました。大正二年同寺が新宿区に移転した時、お仙の墓も移されました。

大江戸線・東中野駅 正見寺
本堂

日蓮上人像
倉地家の墓所
笠森お仙の墓(手前)
厳通寺本殿

茶屋:元々、茶は薬で、寺院で信者の病気治療に施されていたが、次第に門前の茶屋で薬湯として売られ、庶民は茶屋で茶を飲むようになる。茶屋は今の喫茶店である。
早稲田通りを西に向かうと、厳通寺・高徳寺、松源寺と寺が並ぶ、源通寺は慶長15年(1620年)
小笠原長隆により外神田の東本願寺内に源通寺創建された。信濃国の深志城(長野県松本城)の城主小笠原長時の長子で長隆は57歳の時本願寺より阿弥陀如来を下附され101歳で往生するまで布教に従事し庶民の尊崇厚い人でと言う。江戸末期の劇作家であった河竹黙阿弥の墓所がある。

新井白石(明暦3年1657年〜亨保10年1725年)の墓所がある高徳寺には「延宝3年(1675年)から同7年までと、元禄4年(1691年)から同6年まで二度にわたり白石が高徳寺に寄食された」と案内にある。白石の父、正済(まさなり)の血縁が高徳寺の坊守であった関係で、何れも貧苦不遇の時であったと言う。コ寺に保管していた白石の書籍、携帯品等の貴重な品々は戦災ですべて焼失してしまい残っていない。

墓地には、美容家・山野愛子、明治時代の女性記者・磯村春子さん(NHK「はねこうま」のモデル)、芸能界では沢村国太郎、長門裕之、南田洋子、柳家三亀松などが眠っている。

新井白石の墓 松源寺
さる寺(石碑)
巧運時山門
馬がいました

象が絵ががれた石柱

松源寺には元禄の頃、四代目の住職・徳門和尚が渡舟に乗ろうとして猿に引きとめられ、舟に乗れなかったところ、その船が沈み、猿のおかげで難をまぬがれたと云う話も当寺に伝わっている。猿に命を救われた住職が、門前に猿の石碑を建てた事から「さる寺」と呼ばれ、さる寺縁起として江戸名所図会昔、境内に猿をつなぎて置きたりとて、今も世に猿寺と号くと記されている。

高徳寺の脇の道を北に向かい少し歩くと、萬昌院功運寺がある、今川家の墓萬昌院が開基。今川長得は駿河の大名今川義元の息子であり、今川義元の後を嗣いだ氏真から、萬昌院が菩提樹となる。多くの著名人の墓所がある事で参拝、見学者も多いようだ。山門の警備員に「境内は撮影禁止です」と言われた・・

仮名手本忠臣蔵で有名、また、茶道吉良流(朴一流)の家元でもある吉良上野介(義央)の墓所、歌川豊国は(初代〜三代)の浮世絵師である。初代は歌川春英に学び、美人風俗画に秀でた。また、役者絵でも数多くの作品がある。 作家、林芙美子は落合三輪に在住し、放浪記』『浮雲などの名作を残した。

林芙美子の墓 歌川豊国の墓 吉良家の墓
右が上野介の墓
今川家の墓 幡隋院長兵衛の墓
五輪塔

旗本の水野重郎左衛門は旗本奴の首領として市中を横行無瀬の生活を送っていたが、侠客幡随院長兵衛との執筆で有名である。幕府は素行不良の罪で水野重郎左衛門に切腹を命じた。

長沼国郷の長沼家は剣術真影流の家で国郷は最も有名であり、今日の剣道で使用の面・篭手などの防具を完成させ、長沼活然斎(綱郷)以後、長沼藩の剣術師範を勤めた。

功運寺開基である永井尚政より、永井家の菩提樹となる。永井家の墓域には、将軍家綱の法要という大切な儀式の最中に浅野長矩の叔父内藤忠勝に殺された永井尚長の墓もある。
巧運寺を出て東側へ歩くと大江戸線中井駅脇に出る。山手通りを渡り、ランチタイム。情報交換やら近況報告・・和気藹々のランチタイムも、さて出発の時間に突然の”雷鳴”・・外は雷雨であった。午後は雨の中のスタートとなった。山手通りを渡り、住宅街の中を歩き妙正寺川を渡り西武新宿線の踏切を渡り、閑静な住宅街の中に居も向きのある表門の
林芙美子記念館がある。入口は奥になる。「放浪記」「浮雲」の作者、林芙美子(1903年〜1951年)が晩年、昭和16年(1941年)8月から昭和26年(1951年)6月28日を過ごした家であり、その生涯を閉じるまで住んでいた家である。

大正11年(1922年)に上京して以来、多くの苦労をしてきた芙美子は、昭和5年(1930年)に落合の地に移り住み、昭和14年(1939年)12月にこの土地を購入し、新居を建設し始めた。

万霊塔の仏像 大江戸線・中井駅 林家表門(庭より) 庭園 客間 庭より

新居建設当時、建坪の制限があったため、芙美子名義の生活棟と、画家であった夫・緑敏名義のアトリエ棟をそれぞれ建て、その後すぐにつなぎ合わせた。新居の建設のため、建築について勉強をし、設計者や大工を連れて京都の民家を見学に行ったり、材木を見に行くなど、その思い入れは格別で、こ山口文象設計によるこの家は、数寄屋造りのこまやかさが感じられる京風の特色と、芙美子らしい民家風のおおらかさを併せ持ち、落ち着きのある住まいになっている。芙美子らしさが出ているのは客間よりも茶の間や風呂や厠や台所に十二分に金をかけるように考え、そのこだわりはこの家のあちらこちらに見ることがでる。

つくばい 庭園より書斎
居間

寝室

つくばいと灯篭
客間

二段ベット
寝室と次の間 茶の間 客間 書斎 台所

祈念館を出る頃には雨も上がり、陽も射してきた。称名寺川沿いに登ってゆくと雰囲気のある哲学堂公園にたどり着く。明治から大正にかけての哲学者で東洋大学の創立者、井上円了の哲学に基づいて構想、開設されたユニークな公園である。東洋大学の創立者である故井上円了博士によって造られたこの公園は、博士の独特な哲学思想にもとづき、園内の構成物ひとつひとつに、哲学的名称を付した一味違う公園である。山門左側には 木彫りの幽霊像があったり、幽霊が出ると言われる梅の木があったりとホラースポットとしても知られている。

称名寺川
(下流は神田川)
哲学堂公園 園内の建物
園内の建物
哲学堂山門 葛谷御霊神社

公園から西落合に入るとすぐに「葛谷御霊神社」がある。、平安時代の前9年の役の帰途、京都の桂(葛)の里の一族が当地に住み着き、当地付近を葛ヶ谷と呼ぶようになり、その際に八幡社が勧請されたと伝えられている。江戸期には葛ヶ谷村の鎮守でした。神社で行われる備謝祭は中世末から行われており、現在も毎年1月13日に行われています。備射祭は歩射、奉射などとも書く正月の弓神事で、神社では備謝の字をあてている。江戸時代には各地でさかんに行われていたが、現在、東京23区内では新宿区のニヶ所(葛谷御霊神社と中井御霊神社と大田区東六郷の六郷神社のわずか3所に伝わっているにすぎない。(新宿区の文化財より)

備射祭:江戸近郊の農村でその年の豊凶を占う儀式として行われた悪霊退治、五穀豊穣を願う祭り。鳥居に吊るした的を20m離れ、馬からではなく、年男・氏子が立って射る(歩射、ぶしやが訛って傭射となった)と伝えられる。
住宅街の中に突然、目の前に「京急の赤い電車」が現れる。鉄道模型の関水金属であった。誰ともなく中に入る・・かなり、立派な鉄道のジオラマが眼前に広がり、しばし見とれ子供が小さかったころを思い出す・・。

案内板 力石
京急・デハ268号
鉄道ジオラマ デハ268と・・ 自性院・山門

目白通りに出てすぐに右に入ると、猫地蔵、太田道港ゆかりの寺である「自性院」にぶつかる。地蔵堂には秘仏の猫地蔵が祀られており、2月3日の節分会に開帳されル。江古田ヶ原の戦(1469〜1486年)で太田道灌が一匹の猫に救われたことから「猫寺」という愛称で親しまれ、毎年2月には猫地蔵まつりが開催される。

その先、住宅街の真ん中にポツンとある中井不動堂は、都内で唯一の円空仏が安置されている。毎月28日にご開帳される。不動三尊は、中井出世不動尊像と「出世」という名前がついているが、いわれはよく分からないそうです。但し、中井のお不動さんにお参りをして、出世をした方はいるという話も聞きました。


猫地蔵

猫地蔵の碑
身代わり地蔵 中井不動堂 案内板 円空仏
(講師の写真を複製)

落合第二中の脇を歩き、信青梅街道から目白通りに出るとゴールの落合南長崎駅である。

ルート 東中野→正見寺→源通寺→高徳寺→松源寺(猿寺)→功運寺(吉良家菩提寺)→林芙美子記念館→哲学堂公園→葛ヶ谷御霊神社→自性院(猫地蔵)→中井不動堂(円空仏)→落合南長崎



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江戸時代にタイムスリップ・・浜離宮にて