Blowin' in the Wind  東海道完歩31期の仲間たちと・・

       東京下町・武蔵野さんぽ 大江戸線ウオーク(全13回) D 
   
                                    2014年1月〜2015年3月
2014年5月17日(金) 第五回 都庁前→西新宿→中野坂上→東中野

大江戸線ウオークの5回目は都庁前駅(新宿)から西新宿五丁目・中野坂上、東中野駅の4区間を歩いた。

大江戸線上を歩いたら約1時間ほどのコースとなるが講師のサプライズで山手通りの西側にある、地元ゆかりの神社、仏閣を訪ねるコースとなった。

常夜灯・石仏に思いを寄せる者にとっては、道標の常夜灯、地元信仰のお地蔵様「このような顔でいつもいたい」と思わせる石仏・・庚申塔・馬頭観音、初めて見た石臼塚等々地元に根付いた歴史を感じ、都会のビルの一角に残っている歴史をただ歩くだけでは見られない貴重な体験ともなった。

都会の建物はお洒落である。ガラス張りの駅出口が今日の集合場所でスタート地点である。新宿中央公園ではフリーマーケットが開催され、多くの人が集まっていた。都内の公園は緑が多く暑い日でも木陰が嬉しい。この公園は昭和43年4月に小西六写真工業、淀橋浄水場の跡地に東京ドーム7個分の広さで、新宿副都心建設に伴い開園された。


都庁前駅

下から見上げる・・
フリーマーケット 十二社熊野神社 第九区の纏頭
十二社の碑

隣接して、室町時代初期、紀伊国出身で中野長者と呼ばれた鈴木九郎が熊野の12ヶ所の神々を勧請し、当初は十二所権現社と呼ばれた「十二社熊野神社」(じゆうにそうくまのじんじゃ)が見える。参道脇に十二社の碑・本堂内には絵馬(七人役者図、熊野三山の図)が掲げられ境内には大田萄山人揮毫(きごう:言葉や文章を書くこと)の水鉢も見ることができる。

通りに出て南に下り、角筈西交差点を右折し、その先、山手通りを横切り西新宿四丁目から「ふどう通り」に入る。都内ではお馴染みの名入のアーチをくぐり少し行くと幡ヶ谷不動尊の名で親しまれている「荘厳寺(しょうごんじ)」がある。

約450年前に創建され、戦災で本堂・不動堂、大師堂を焼失するが堂内の本尊は難を逃れたという。境内には道しるべの記された常夜灯、「暮れおそき 四谷過ぎけり 草履」と刻まれた芭蕉句碑がある。


熊野神社・絵馬の解説

不動通り
幡ヶ谷不動尊
荘厳寺
本堂 太子堂
道しるべ・常夜灯

渋谷区の住宅街を歩き本町五丁目には「酒呑地蔵」があったというが、現在は西岸寺境内に移転されお堂に安置されているという。コース図をもらった時から会ってみたいと思っていた「お地蔵様」が残念・・であった。

方南通りを抜けて北へ進むと「川島地蔵」の名前で親しまれる正蔵院(しょうぞういん)がある。寺の入口左側お堂に六地蔵と一緒に祀られている。この寺には井伊大老の盟と言われた川住行教(かわしまゆきたかorゆきのり)の墓所がある。        

向日の商店街の先のY字路に寛政8年(1796年)村の念仏講の仲間が金を出し合って地蔵尊を建てた「向台地蔵(むこうだいじぞう)がある。この台座には「右 ぞうしき道、左 はたがや道」と刻まれ「道しるべ」ともなっている。


芭蕉句碑
不動通り商店街 川島地蔵 向台商店街 向台地蔵
道しるべ地蔵

山手通りに出てすぐ右には山門の目立つ「成願寺(じょうがんじ)」がある。中野長者と呼ばれた鈴木九郎が若くして亡くなった一人娘の「こざさ」の供養のために屋敷の敷地内に600年前に建立したという。また、中野で唯一、佐賀藩の三支藩の一つ蓮池(はすのいけ)藩鍋島家の大名の墓があり、また、菩提寺でもある。

ここの境内にはたくさんの石仏がありどれもにこやかな優しい顔をしていた・・出来る事なら「いつもこのような顔で過ごしたいなぁ〜」と思った。


向台地蔵台座
道しるべ
成願寺本堂
鬼瓦
圓通閣(百観音堂)
四阿
石仏

成願寺の脇の道を中野通り方面に向かうと洒落た東京工芸大学のキャンパスが左側に現れ、その先、T字路の角には貴乃花部屋がある。
今は、場所中なので建物の中は静かだった。


石仏

鍋島家の墓

向台地蔵
東京工芸大学

その先を進み青梅街道に出る手前に五色の成就お礼旗(?)の並ぶ美しい「五柱五成神社」がある。ここのお参りの作法は四拍(東西南北の神に祈願・お礼)だそうだ。青梅街道に出ると「鍋屋横丁である。江戸時代、名刺・妙法寺に向かう参道として栄え、青梅街道を左折する角に「鍋屋」と言う茶屋があったのが由来で、交差点の角には案内碑が建っている。

貴乃花部屋 五柱五成神社
鍋屋横町碑・案内板

今日の昼食は中華料理・天でのランチ・・中華のお粥を注文した。鳥のスープの出汁がしっかりと効いて旨かった。青梅街道を山手通りに向かうとすぐ左側に馬頭観音、庚申塔などの石仏群がある「慈眼寺(じげんじ)」がある。ここの馬頭観音は「道しるべ」にもなっている。山手通りが近くなると、中野の古札、創建は不明だが室町時代に阿佐ヶ谷から移転されたという三重塔の美しい「宝仙寺(ほうせんじ)」がある。ここには使われなくなった石臼(主にそばを挽いていたらしい)を供養した珍しい石臼塚がある。

鍋屋横町交差点 中華・天 慈眼寺・山門
仁王様
本堂

庚申塔

馬頭観音
境内
三重塔
石臼塚
石柱

山手通りに出て中野方面に向かうと左側に中野下宿の鎮守様である「白玉稲荷神社」・・一、二の鳥居と赤い幟旗が並んでいた。山手通りから大久保通りに入り、先の脇を左に入ると旧中野村の総鎮守である「中野氷川神社」の参道と鳥居が見える。

約1000年前に武蔵国一の宮・氷川神社から勧請太田道港も戦勝祈願したという神社である。

境内には日露戦争当時に使われたという「機雷」が置かれていた。赤錆びた姿が時を思わせる。


灯篭の紋
白玉稲荷神社 中野氷川神社 本殿 機雷 JR東中野駅

山手通りに出て坂を登ると今日のゴール東中野の駅である。

 

久しぶりに歩いてきました・・1ヶ月と1週間ぶりになります・・結果として、これほど脚力とは落ちるものか驚いた次第です。「どこでもリタイアできる」気楽さと、31期のみなさんの”やさしさ”が完歩させてくれました。

約8Km歩き、足には肉刺、足の中指には血肉刺・・皆と別れ、「ほっ・・」とした時に足の痛さに気が付く。

肉刺を作ったのは何時(何十年前)の事・・体は正直でした。

ルート 都庁前駅→新宿中央公園・十二社熊野神社→荘厳寺(幡ヶ谷不動尊)→正蔵院(川島地蔵)→向台地蔵→威厳寺→(貴乃花部屋)→鍋屋横丁→慈眼寺→宝仙寺→白玉稲荷神社→中野氷川神社→東中野駅



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江戸時代にタイムスリップ・・浜離宮にて