Blowin' in the Wind  東海道完歩31期の仲間たちと・・

       東京下町・武蔵野さんぽ 大江戸線ウオーク(全13回) B 
   
                                    2014年1月〜2015年3月
2014年3月7日(金) 第三回 六本木→青山一丁目→国立競技場→代々木

大江戸線六本木駅に10時集合・・このグループは集合時間に遅れる人もなく幹事としては楽である。今回は六本木から代々木までの4駅の区間を歩く第三回目である。地下鉄沿線の旅は線路は地下・・歩きは地上・・駅舎の画像はない。
六本木から外苑までは何度も歩いた道であるが、ゆっくり歩くと見えてくるものも違う。朝の風は冷たかったが陽の光で温かかった。午後になると雲が多くなりゴールの代々木では一時
、吹雪状態に・・オプションの明治神宮までは6人で歩く。

出発前のミーティング
ミッドタウン
志賀直哉旧宅跡
檜町公園

庭園の柳

勝海舟邸跡

東京ミッドタウンを左に見て歩き始める。100mちょっと歩いた交差点の右側(斜向かい)に志賀直哉の旧宅が在ったと説明があった。案内板も標識もない、数度歩いたが誰も知らなかったようだ・・檜町公園は都会のオアシスである。大きなビルマンションに囲まれている中に美しい日本庭園が造られている。


本氷川坂
氷川神社 絵馬
大銀杏

稲荷社大提灯

路地のような道と坂道、シリア大使館を右に見て左折・右折すると「THE GABY」と書かれた看板の前に「勝海舟邸跡」の標柱が建っている。氷川坂を登ると左側に江戸七氷川社の一つ、東京十社巡りで何度も参拝した氷川神社がある。神社の敷地は、赤穂藩主浅野内匠頭の妻「璃泉院」の父親で浅野土佐屋敷跡である。勝海舟はこの神社の氏子で、この界隈では氷川翁と呼ばれた。

稲荷神社
悩みの狛犬
TBS社屋
三分坂

雷電為右衛門の墓
築地塀と梅

赤坂の坂道を降りたり下ったり「三分坂(さんぷんざか)」を登りきったところにTBSのビルがある。三分坂は急坂で重装備の一個連隊軍隊が登り切るのに3分かかったそうである。三分坂を下ると築地塀の美しい報土寺がある。ここには雷電為右衛門の墓・為右衛門が奉納した鐘楼がある。


奉納された鐘
乃木神社・おみくじ 乃木神社 乃木邸
高橋是清像
庭園の灯篭

赤坂小学校から乃木坂に向かう。青山霊園の右手前に乃木希典、静子夫人を祀る乃木神社、明治35年に乃木希典が53歳の時にフランスの建物を模して建てられ、大正元年9月13日、明治天皇大葬の日に乃木夫妻ここで殉死した。乃木希典、享年63歳であった。東郷平八郎と共に日露戦争の。英雄と称えられた明治の軍人であった旧乃木邸がある。以前は建物の周りにめぐらされたコンクリートの回廊で中を見学できたが震災の影響で現在は進入禁止となって中の見学は出来ない。

乃木邸を出て外苑東通りを北に向かう、500m余り歩くと青山通りにぶつかる、正面は赤坂御用地である。

右折して300mほど歩くとカナダ大使館脇に旧日銀総裁・大蔵大臣を歴任した高橋是清邸の跡がのこっている。昭和11年に起こった2・26事件の際、是清は反乱軍(体制に異を唱え蜂起した青年将校)により屋敷内で惨殺された。
青山通り(246号)を南西に行くとイチョウ並木の外苑前に出る。いつも並木通りから神宮外苑、国立競技場へ歩いている。今回は外苑の先、南青山3丁目交差点を右に曲がり外苑の外側を歩く。

外苑・イチョウ並木
食事処にて
アジフライ定食 壁面の証明 町の応援団 高徳寺

外苑西通りから少し入ると河内山宗俊の墓のある高徳寺がある。

河内山宗俊:水野忠邦の天保の改革で倹約令がしかれ、市民が束縛されていた天保年間。力なき市民を牛耳る権力悪に対して、真っ向から挑んだ男がいた。権力者に対して強請り(ねだり)をして金儲けをしている数奇屋坊主の河内山宗俊である。宗俊は、力強い仲間たちを率いて法で裁けぬ巨悪を強請り(ねだり)で裁き、力なき庶民を救うべく大活躍する。


龍厳禅寺
龍厳禅寺
枝垂れ梅

鎌倉街道
勢揃坂・案内板 仙寿院

旧鎌倉街道の案内板を見上げ、勢揃坂、龍厳禅寺、慈光院から外苑西通りに出る、仙寿院交差点奥に徳川家康の側室「お万の方」の子である紀州徳川家初代藩主頼宣は、母親が赤坂屋敷に結んだ庵をここに移し整えた仙寿院がある。

仙寿院・本堂 見守り不動尊
庚申塔

鳩森神社
みつまた
鳩森神社・本殿

観音坂の坂下には聖輪寺(しょうりんじ)がある。この坂を見守ってきたという見守り不動がある。坂上の五差路正面に千駄ヶ谷一帯の鎮守様であり、都内最古の富士塚があることから「おふじさん」と呼ばれている鳴森神社がある。富士塚の頂上まで登り白い祠に参る。一方通行の道を進み、右折その先には国立能楽堂がある。このあたりから雪が舞い始める。

能楽堂からは首都高4号線沿いに歩く。この下に大江戸線が通っている・・代々木駅に着くと雪は本格的な降りとなる。今回のゴール、次回の集合場所を確認して解散となった。

希望者にはオプションで明治神宮まで歩く。平成24年7月30日は、明治天皇が崩御されてちょうど百年を迎え、明治神宮では 御祭神の御遺徳を仰ぎ、夜間特別参拝をはじめ、さまざまな記念行事が行われていた。
雪のちらつくなか、結婚式も執り行われていた。幸せな二人には記念にいい想い出になったでしょう。

富士塚の祠
新詩社跡案内板
国立能楽堂 明治神宮にて
お幸せに・・
歩道橋が撤去された
原宿交差点

明治神宮:明治天皇と昭憲皇太后を 祭神とする神社で、初詣では例年日本一の参拝者数を集める。正式な表記は「宮」の「呂」の 中間の線が入らない明治神宮(当用漢字に無し)』である。大正9年11月1日に創建され、戦災で焼けたが、昭和33年に本殿を含む全ての社殿が再建された。かつて、彦根藩井伊家下屋敷であり、東京ドーム15個分の広さがある。「永遠の森」を目指した壮大な計画のもと、大正4年から造営工事が始まりまり、全国 から植樹する木を奉納したいと献木され、17万本の椎・樫、楠など照葉樹を中心とした246種の樹木が都心に美しい森を形成している。宝物殿、社殿、大鳥居、神宮御苑、清正の井戸など見所もたくさんある。

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江戸時代にタイムスリップ・・浜離宮にて