中央高速道路を進むにつれ秋色は濃くなってきた、南アルプス、八ヶ岳の峰各々の冬景色である。麓から広がる紅葉とのコントラストが美しい。この風景だけでも旅に出た気分を十分に満喫できる。高速を降り今日のスタートのとなる諏訪大社下社秋宮までは何度も来ている、見慣れた風景である。諏訪大社は、上社本宮(諏訪市)・上社前宮(茅野市)・下社春宮(下諏訪町)・下社秋宮(下諏訪町)の2社4宮で成り立っている。


合流点石碑
歴史民俗資料館
資料館展示物
帳場(展示物)
御柱引き綱
着物(展示品)

甲州街道との合流点に戻り、駐車場を後ろにT字路を直進する。左側の1689年(元禄3年)創業で広重も泊ったという旅館桔梗屋前を通り、その先、左側の旧家を利用した歴史民族資料館があり、突当りを左折し、「中山道下諏訪宿」提灯下を通り国道20号線と合流して、右折する。このあたりに高札場跡と言われたが、松ノ木が一本だけ立っているだけで、それを窺わせる物は何もない。 ゆるい下り坂の20号線を西北に進む。


道標

中山道(合流点方向)

儀象堂
時計(展示品)
置時計(現役です)

高札場跡

歴史民俗資料館の斜向かいに儀象堂時計博物館の見学をする。店内に飾られた古い時計は見応えはあった。下諏訪駅前交差点で、左側にJR下諏訪駅が見える。ちなみに諏訪湖は、駅からさらに南に位置する。交差点を直進しその先で道は2つに分かれ、中山道は20号線と分かれ左手の道を進む。
すこし先、左側に相楽総三率いる倒幕先鋒赤報隊員の慰霊した魁(さきがけ)塚がある。官軍先鋒維新の魁としてのり込んできた赤報隊幹部8名が、にせ官軍の冤罪で1868年(慶応4年)斬首の刑に処せられた。
その後、同志などにより1870(明治3年)処刑された地に慰霊塚を建立された。その先の信号のない県道185号線との交差点を直進する。交差点右手に20号線の先に諏訪大社春宮大門が見える。


秋宮二の古御柱
魁塚 魁塚碑 常夜灯(秋宮入口)
中山道(路地)

砥川堤防に出る

のどかな住宅街を進み、通りの角にしめ縄のある道祖神が鎮座している。突当り丁字路を横断した正面民家の間に中山道道標があり、民家の敷地の人一人が通れる狭い路地を通り抜け、砥川の堤防に上る。堤防の先に橋はなく、対岸の続きの中山道は不明である。橋を渡り、左折し堤防上を歩き、中山道を探したが、見つからない。「この辺あたりが・・」と民家の間の草叢が中山道跡のようである。
20号線に戻り左折し、ちょっと進み最初の小路を左折して進む。右側の「JA共済」ポールのところから右折し、
フェンスに中山道標識のある丸茂ボデー工場脇道を進み、突当りの車道を横断し進む。真っすぐな道を進み、突当りで十四瀬川にかかる橋を渡り、下諏訪町から岡谷市に入る。

住宅街のゆるい上り坂の道を進むと右側に「おひぎりさま平福寺」看板がある。境内のモミジは紅葉真っ盛りである。立派な山門を潜り、左側に「おひぎりさま」の由来となった日限地蔵尊が安置されている。
日を限って願かけすると、その願いがかかえられることから日限地蔵尊と名付けられた。街に戻り、その先の長池東堀交差点で国道14号線を横断する。


中山道道標
中山道木橋 旧渡辺家住宅 平福寺山門 平福寺 日限地蔵尊

昼食後は講師のサプライズで諏訪大社春宮、本宮に参拝することができた。
春宮(はるみや)は、下諏訪の町の北端、秋宮の北西約1.2Kmの地に鎮座 する。下社最初の遷座地とされる。西方には砥川が流れている。 毎年2月〜7月に祭神が 祀られている。境内は社殿3棟が国の重要文化財に指定されている。
 ...


諏訪大社前宮

前宮十間堂

春宮十間堂

諏訪大社本宮御柱
本宮大太鼓
本宮二の御柱

信濃國一之宮諏訪大社:上社本宮我国最古の神社の一つであり、信濃國の国造りがなされたのち、日本国土の守護神としてこの地にお鎮りになり、信濃國一之宮として皇室武門および一般の信仰が厚く、全国一万有余の諏訪神社の総本社です
。幣拝殿と片拝殿のみで本殿を持たない、諏訪造りという独持の様式。徳川家康が造営寄進したと言う四脚門など貴重な建造物が数多く残っております。六棟は国の重要文化財に指定されている。

長池東堀交差点で国道14号線を横断した左角に、「左いなみち 右中仙道」道標がありここは岡谷街道との追分地点となる。
落着いた亜日図かな雰囲気の住宅街の、まっすぐなゆるい上り道を淡々と進む。 交差点から約700mで20号線の東掘信号交差点に出て20号線を横断し、岡谷自動車学校の看板の立っている細い道を進む。すぐ右側の鉄塔の下にある資材置場に、ポツンと一里塚跡碑が立っている。

本宮額殿 本宮宝物殿 いなみち・中仙道道標
一里塚跡碑

道祖神

双対道祖神

東海道では一里塚は歩く上では大きな目印となったが、中山道の一里塚はひっそりとした佇まいの中にあり、知らなければ見落としてしまいそうである。
いつまでも続く上り道の左側に、ツートンカラーの洒落た岡谷自動車学校が見え、その先の丁字路の、手前角に道祖神がひっそりと、水の流れの殆どない横河川にかかる大橋を渡り、ゆるい坂道上り続け、最初の信号のない交差点辺りから長い坂道はようやく平坦になる。


蔵と住居
中山道
今井の野仏
今井権現堂
双体道祖神
今井番所跡

次の信号交差点を直進し、左角の白壁土蔵前の通りを進む。交差点から約350m左側に、今井番所跡碑が立っている。道を挟んで斜め右側に、江戸時代の姿を継承し国有形文化財となっている今井茶屋本陣がある。
当時のここ今井村は「塩尻峠の登り口で参勤交代大名など多くの人たちが、この茶屋を利用したと」説明があった。今井茶屋本陣あたりから、いかにも峠への登り道となる。茶屋本陣に隣接する右側の高くなったところに、「右しもすわ 左いほじり峠」道標があるが、どうも最近のもののようである。


今井番所跡石碑
今井茶屋本陣跡 中山道(茶屋本陣前) 一里塚跡
石碑
馬頭観音・石碑群

道は20号線に接近するように左にカーブしながら上り、崖下に20号線を見る。その後20号線から離れるように右にカーブし、最近造成したばかりの道を進む。 長野自動車道の岡谷ICへの道の上にかかる陸橋を渡り、左折する。

道はすぐ先で2つに分かれ、右手の山へ向う道を進み、その先の交差点を直進して登る。その先で道は2つに分かれ、右手の道を登る。その右角に足腰の弱い人の信仰を集めている石船観音の急な参道の階段を登り、朽ち果てそうな本殿を参拝する。周辺は紅葉真っ盛りである。先の階段上り口に、金名水と呼ばれる清水が流れている水飲み場があり、冷たく飲みたかったが・・。唐松の紅葉に憑かれるように頂上に向かって登る。振り返ると諏訪湖、下諏訪の町並み、遠く夕暮れ間近の富士山が見える。
坂道を登り、林の中のすぐ左側に山賊が後ろに隠れ旅人を襲ったという諏訪七不思議の一つの中仙道の大石(推定直径2.5m)がある。

人家のない登り坂を登りつめて行くと、石船観音から約15分こところで前方が開け、塩尻峠頂上に到着する。
正式には塩嶺御野立公園の一角で、自動車道が交差近くにはキャンプ場もある。また展望台があり、下方には今朝出発してきた諏訪湖と周辺の町並みを見ることができた。

石船観本堂
金名水
諏訪湖砥富士山
諏訪七不思議・大石 諏訪湖夕景 展望台から

夕暮れ時の気温は2度・・汗をかいた身体には寒いが、展望台から眺める夕景から夜景に変わる景色に寒さも疲れも忘れた。

頂上に浅間神社と御嶽遥拝所があるといわれているが、小さな石祠があるのみで「浅間神社」と証明するもの、石碑はあったが御嶽遥拝所ではないようである。

頂上からの下山口は登り口の反対側にある。峠の十字路には「熊出没注意」「旧中仙道」の案内板がある。

ここが今日のゴールである。夕闇に包まれた山道を迎えのバスのライトが近づいてくる。



今日のコースは
甲州道中・中山道合流の地→歴史民族資料館→魁(さきがけ)塚→諏訪大社春宮大門→中山道道標→砥川堤防→
 十四瀬川→平福寺・日限地蔵尊→岡谷街道追分→一里塚跡碑→道祖神・大黒天神→大橋(横河川)→白壁→今井番所跡碑→
 今井茶屋本陣 →「右しもすわ 左いほじり峠」道標→石船観音→金名水→大石→塩尻峠頂上・塩嶺御野立公園(展望台)


 
クラブツーリズム 「街道を歩く 中山道69次 第20回 和田峠〜下諏訪宿」 街道案内人 漆原章郎 歴史講師



                                                    戻る

Blowin' in the Wind 2013
                          
いっちゃん中山道を歩く・・
2013.11.19
 
諏訪大社下社秋宮
〜塩尻峠
    歌川広重渓斎英泉とが描いた中山道69次はこちらでどうぞ
行程
   下諏訪大社秋宮  〜  塩尻峠
  10Km  

  下諏訪宿:中山道と甲州街道の合流点の日本橋から29番目の宿で、中山道唯一の温泉宿である。全国に一万余社の分社をもつ諏訪大社の門前町として栄え、また諏訪氏の城下町でもあった。
諏訪大社は、上社本宮(諏訪市)、上社前宮(茅野市)、下社春宮(下諏訪町)下社秋宮(下諏訪町)の2社4宮で成り立っている。
本陣1軒、脇本陣1軒。


 コース図は左の地図をクリック