この地図上の寺社・旧跡、名所等の位置は目安です。
街道地図・現地案内板等で確認してください。
Blowin' in the Wind 2013
                          
いっちゃん東海道を歩く・・

2月28日(水)

江戸日本橋から草津宿まで466.8Km 石部宿から草津宿間 11.7Km                          

草津宿:草津宿は平安時代からあり、東海道と東山道との分岐点として、次第に交通の要衝として重要な位置を占めるようになった。

その後、徳川家康の街道整備政策で宿場が整備されて発展していった草津は、街道を中心に形成された典型的な町並みと言える。
本陣:2軒、脇本陣:2軒、旅籠:72軒

街道の通りにはそれぞれの案内板が埋め込まれている。草津一の古刹、常善寺に立寄る。再建されたものである。
この商店街のはずれの左側に、草津政所跡がある。
「山吹の花は咲けども・・・」の歌で有名な武将大田道潅の太田家は、江戸幕府の命を受け草津問屋場を預かり、また隠し目付けを勤めるなど、当宿場
の権限をまかされていたので、政所と呼ばれていた。
現在は太田酒造という造り酒屋となっている。


文化財案内板
草津宿案内板 草津宿歴史館 常善寺 太田酒造 立木神社

商店街を出て伯母川を渡ると、すぐ右側に立木神社がある。神社の創建は767年(神護景雲元年)年で、境内には1680年(延宝8年)と刻印された
草津宿最古の石造りの道標、樹齢400年と言われる神木ウラジロカシなど多数の巨木が残っている。草津側の鳥居脇には狛犬の代わりに雌雄の鹿が
立っている。また、拝殿前にも
鹿が祀られている。


狛犬ではなく鹿

鳥居から山門

山門
本殿
石造道標
瓢泉堂・矢橋道標

神社からは南西へ一直線の道となり、閑静な住宅街を歩いて行く。矢倉に入り草津川を渡ってすぐの十字路にある瓢泉堂脇、右側に「矢橋(やばせ)
道標
」がある。

広重五十三次の「草津名物立場」の場所であり、宗長(室町時代の連歌師)が「もののふ( 武士)の矢橋の船は速けれど急がば回れ瀬田の長橋」と歌
われた地として知られており、まさに「急がば回れ」語源となった場所である。


矢橋道標

野路一里塚

清宗塚
野路萩の玉川 弁天池と比叡山
月輪大池石柱

この道はのJR草津線と左の1号線に挟まれた道となっている。1Kmほど歩くと1号線に出る手前の小さな公園内に野路一里塚が立っている。
1号線を横断して細い道に入り、少し行くと民家の中に「清宗塚」がある。

壇ノ浦の合戦で平家を破った源義経によって父平宗盛とともに捕虜となった清宗は鎌倉から京へ上る途中、本地に於いて斬刑に処せられました。
父が潔く斬首されたことを知った清宗は最後に西方浄土に向かい、手を合わせ、掘弥太郎景光の一刀にて首を落とされました。時に清宗十七才とある。

ご主人、奥様とご挨拶ができた。民家の中であるにも関わらず、パンフレットも用意し快く解放していることに感謝である。
旧東海道の入口から南西へ500mほど歩くと、右に野路萩の玉川の立て札がある。
野路の玉川は豊かに湧き出ていた清水は、腐らないと言われて
おり旅人の重要な飲料水であったが、泉も涸れて風情が一変したと言われている。

現在は地元の人たちの手により野路玉川の小さな公園として整備され、水量こそ減ったものの泉から昔と変わらぬ清水(飲用不適)が湧き出ている。

玉川から200mほど歩くと、右手に弁天池と弁天島があらわれる。その横を道なりに歩いて1Kmほど行くと草津市と大津市の市境となり大津宿へ入る。

草津市の弁天池から南西へ歩いているといつの間にか大津市に入っていて、道はゆるい下り坂が続く。しばらく行くと月輪寺の敷地に「新田開発発祥之地」と東海道石柱がある。どちらも新しいもので恐らく東海道開設400年行事で整備したものであろう。

さらに100mも行かないところの左に東海道立場跡石柱がある。立場(たてば)とは、東海道公路の要所として旅人、駕籠かき、牛馬、人足等の休息所
をいう。


月輪寺

大萱一里塚

建部神社鳥居

建部神社参道

山門

拝殿

この左側には、月輪大池の石碑を見ることができる。月輪大池、下月輪池、山ノ神池の3つの大な池があり、月輪池と総称されている。月輪池はいろ
いろな昔の名所図会にも紹介された有名な池である。現在も池は農業用水として使われている。さらに400m程下っていくと、JR瀬田駅へ通じる道路
の交差点左脇に「大萱一里塚の石碑」がある。ので、そこをまっすぐ横断して進む。道は急な坂を下ると遠くに山並みが見える。
横断してちょうど1Kmくらい歩くとやがて勾配もなくなり、十字路に達する。左に直角に曲がり、400mほど行った変形丁字路で右に曲がり浄光寺の前
を通って、少し登り坂を歩きながらまっすぐ500m行くと大きな道路に出る。
この道路を左に曲がると瀬田の唐橋に通じる道になる。曲がるとすぐの所に
高橋川にかかる赤い欄干のおしゃれな橋を渡る。

まっすぐ400mほど行くと、左側に建部大社の大鳥居がある。祭神は瀬田川の龍神と俵藤太秀郷である。

建部大社は武運出世の神と知られ、源頼朝をはじめ多くの人々の信仰を集めていた。

少し行くと丁字路になるので、右へ曲がり瀬田商店街を通り抜けると、そこは瀬田の唐橋の東側、袂の常夜灯の前となる。袂の常夜灯で道路を横断して反対側に渡る、唐橋の擬宝珠がとても美しく見えるが・・なんとなく違和感が・・確か前に来た時の欄干の色は違って(白だった)いた。いつであろうか・・
黄土色に塗り替えられていた。欄干の色が変わったことにより橋全体の雰囲気も変わっていた。


袂の常夜灯
瀬戸の唐橋
擬宝珠と欄干
観光写真 雲住時 百足供養塔

唐橋から眺める琵琶湖の先には、国道1号線の瀬田川大橋がその先には峰々を白く染めた山々を見る事ができた。
瀬田の唐橋は、琵琶湖から流れ出る瀬田川にかかる橋で、近江八景「瀬田の夕照」で知られる日本3大名橋の一つである。橋の歴史は古く既に平安時代の書物にも登場しているが、昔から瀬田にかかる唯一の橋で交通の要衝であったため源平合戦、応仁の乱など戦乱のたび焼け落ち、その都度架け替えたれている。
近江八景「瀬田の夕照」:瀬田の唐橋が夕日に照らされる様子をあらわし、唐橋が夕日に溶け込む様子が美しいと言われている。

この橋に関わる伝説の一つに「俵藤太百足退治」がある。俵藤太秀郷(モデルは鎮守府将軍藤原秀郷)が唐橋を渡ろうとすると、大きな蛇が寝ていた。

藤太は平気でそれをまたいたが、実はその蛇は瀬田の竜神が化けていたものであった。龍神は藤太の勇気に感心し、三上山に住む仇敵の百足退治を依頼する。藤太は百足の眉間を射抜き見事にしとめるという話である。湖畔にある雲住時には、この百足を供養した供養塔がある。

まゆつば:語源1・平安時代にいた豪傑が山の大百足を退治に行ったが射る矢はことごとく跳ね返されてしまった。残る屋は一本・・そこで鏃に自分のツバをつけて大百足の眉間を射抜き退治したたと言う話から、あまりに荒唐無稽な話を「まゆつば」と言う様になったと言う説。(根津講師説)
まゆつば:語源2・ツバを眉毛に付ければ、キツネやタヌキに化かされないと言う説。

近江八幡へ・・
昼食後は一つ目のサプライズオプション、バス移動で琵琶湖の広さを感じながら、と雪の白で染まっている山並を眺めながら、近江八幡へ・・

近江八幡市は、豊臣英次が築いた城下町を基礎として、水郷利用した商業を中心に発展した。いわゆる近江商人の発祥の地である。

常夜灯 近江八幡神社・山門 本殿 八幡掘 橋と蔵 八幡掘

当時の風情がよく残る新町通り、永原町通り、八幡掘沿いの町並みおよび日牟禮八幡宮境内地は「近江八幡市八幡伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されており、時代劇の撮影場所としてもよく使われると言う。


景勝・八幡掘

近江商人の家

松と町並

松と近江商人の家
白雲館 尋常小学校跡

新町通り・永原町通り・八幡宮、八幡掘周辺を散策、1時間ではとても回りきれず、八幡掘り周辺、町屋を写しながら集合場所に戻る。
八幡掘り周辺、近江商人の家並みなどは季節を通して素晴らしい景観が見られそうである。お一日かけてゆっくり歩きたい町であり、特に桜の季節の堀は圧倒されるであろう事は容易に想像される。。


安土城址へ・・
二つ目のサプライズオプションである「安土城跡」へ向かう。800段余りの石段が続くと言う。安土城は、織田信長によって、現在の安土山に建造され、大型の天守(現地では「天主」と表記している)を初めて持つなど威容を誇った。


白に登る石段

石塔

山門

三重塔
琵琶湖を望む 二の丸跡

建造当時は郭が琵琶湖に接していたが、昭和期に干拓が行われたため、現在は湖岸からやや離れている。

天主閣跡
天主書く跡から
二の丸
石垣
石段

早雲寺

石段

地下1階地上6階建てで、天主の高さが約32m。それまでの城にはない独創的な意匠で絢爛豪華な城であったと推測されている。
城址見学と言うよりも安土山登山と言っていいほどの規模の大きい城址であった。



今日のコースは 追分道標→草津歴史街道の石碑→草津宿本陣→本四商店街通り→市立草津宿街道交流館→草津政所跡(大田酒造)→伯母川→
 立木神社→野路萩の玉川の立て札→弁天池・弁天島→月輪寺・月輪大池→大萱一里塚建部大社瀬田の唐橋


クラブツーリズム 「街道を歩く 東海道53次 第32回 水口宿~大津」 街道案内人 根津信年 歴史講師


                           2月28日 草津宿
 

 

2013. 2.28 草津宿~瀬田の唐橋    歌川広重が描いた東海道53次はこちらでどうぞ
           
 草津名物立場