江戸日本橋から池鯉鮒宿まで330Km 岡崎宿~池鯉鮒宿14.9Km                                                 
池鯉鮒の地名の由来:「ちりふ」と読む。古くは知立(ちりゅう)という地名であったが、江戸時代に式内の古社である知立神社の池に鯉と鮒が沢山いたので池鯉鮒というようになった。ただ明治以降は再び知立が使われるようになった。

池鯉鮒宿:1.37Km細長い宿で本陣などあった中心部は現在マンション、商店街となっていて、全く昔の面影を残していない。また知立神社の神官の氷見氏が築いた城があり、城下町的な集落であった。池鯉鮒宿では馬市が盛大に開かれ、三河木綿市も盛況であった。
本陣:1軒、脇本陣:1軒、旅籠:35軒

岡崎市から安城市宇頭町に入り1号線と合流し西北へ約1Km行くと道は分岐し、旧東海道は1号線と別れて右手の道になる。そこから松並木を通りながら1Kmほど歩くと尾崎町となり、右に熊野神社の鳥居が奥まったところにあり、門前の右に予科練之墓、左に鎌倉街道の標識と尾崎一里塚跡碑がある。
1192年(建久3年)鎌倉に幕府が開かれると京都と鎌倉の間に鎌倉街道が定められ、宿駅63箇所が設置され、この地が街道の屈折点となっていたという。

予科練の碑 熊野神社
尾崎一里塚
永安寺 雲竜の松 地蔵堂

その先には旅の折に多くの旅人がお参りしたと言う妙教寺の地蔵堂がある。さらに1.1Kmほど西北へ歩くと右側に大浜茶屋の庄屋柴田助太夫の霊を祀った永安寺がある。助太夫は1677年(延宝5年)貧しい村人のために助郷役の免除を願い出て刑死したと伝えられている。山門の右には雲竜の松と呼ばれる黒松がある。中心の幹が上には伸びず、分かれた幹が地をはうように伸びてその形が雲を得てまさに天に昇ろうとする竜を思わせるので「雲竜の松」と呼ばれている。樹齢約300年、樹高4.5m、幹周り3・7m、枝張り東西17m、南北24mである。現在は住職のいないの寺のようである。

雲竜の松(根本) 明治用水記念碑
常夜灯
猿渡橋(猿渡川)
無量寿寺道標
御鍬神社

その先の交差点を渡ったところには、大きな明治用水開渠の記念石碑と通水百周年記念碑がある。明治用水は、西三河一帯に灌漑する用水路で、矢作川から水を引き幹線だけでも50Kmにもおよぶもので、明治12年から着工して翌13年に通水した。現在は暗渠となっている。

平坦な道を歩いていくと松並木があり、市街地に入り東栄町交差点から左手奥に名鉄名古屋本線新安城駅を見ながら西北へ直進して行くと、明治用水記念碑から約2.8Kmのところに猿渡川にかかる猿渡川橋に出る。
橋を渡ると来迎寺町となり、約800m行くと丁字路になっていて八橋町へ行く右の道の両脇に「八橋無量寿寺」「従是四丁半北 八幡 業平作観音有 元禄九丙子年六月吉朔日施主敬白」と刻まれた道標がある。
1696年(元禄9年)に、在原業平ゆかりの八幡無量寿寺への道標としてたてられたものであることがわかる。さらにその先の両側に、来迎寺一里塚がある。大きさは直径約11m、高さ約3mに土を盛ったもので、両塚とも完全に残っているのは珍しいとのこと。南塚はバス停の傍に、北塚は公民館の裏手にあり、道路からは見ることができない公民館の脇から入り見ることができる。


来迎寺一里塚(南塚)

来迎寺一里塚(北塚)

池鯉鮒道標
知立松並木
道祖神

一茶句碑

一里塚塚を過ぎると、松並木が見える。役450mの距離に170本の松が残っている。1970年(昭和34年)の伊勢湾台風の被害に遭い1981年(昭和

45年)に補植された。当地で開かれた馬市の時に馬をつなぐためと思われる側道が並木の両側にある。松並木が途切れる手前に「馬市之跡碑」」がある。
国道1号線を渡り、市内に入り500mほど先のT字路を右折、国道1号線を渡った先、右側に慈眼寺(じげんじ)がある。境内には「馬頭観世音菩薩及家畜市場」と彫られた馬市の碑がある。付近にあった桜馬場の当時には何百頭の馬が集められ賑わったと言う。

馬市之跡碑 知立松並木
池鯉鮒道標
「か・き・つ・ば・た」 慈眼寺
馬市の碑

 慈眼寺を出て北に少し歩いた左側の御手洗公園に「池鯉鮒」の地名についての由来を書いた案内板がある。当時、知立神社の境内に池があり、  鯉・鮒がたくさんいたと言う。寺の敷地からか離れ、世の変遷を経て田から、いまは公園となり「池鯉鮒」と言う地名のみ残っていると書かれている。


マンマ地蔵(歯に効く)

百度石
御手洗池

無量寿寺は八橋日吉神社と並んで建っており、かきつばたの名勝地でもある。句読に「かきつばた」の文字を入れて詠んだ「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ」はよく知られている。
境内には八橋史跡保存館・芭蕉句碑・八橋古碑・ひもとすすき・業平竹・業平の愛人「杜若姫」供養塔、かきつばた園があり、境内裏手のモミジは部分的ではあるが秋色になっていた。なお、寺の隣には八橋日吉神社(日吉山王社)がある。



今日のコースは 松並木→熊野神社・予科練の墓→鎌倉街道標識→尾崎一里塚→永安寺→明治用水記念碑・通水百周年記念碑→猿渡川橋(沢渡川)→
 八橋無量寿寺・道標→来迎寺一里塚→池鯉鮒宿問屋場跡→本陣跡碑→慈眼寺→(バス移動)→在原寺→値上がりの松→在原業平の墓→無量寿寺・
 日吉神社

クラブツーリズム 「街道を歩く 東海道53次 第28回 赤坂宿~知立」 街道案内人 根津信年 歴史講師

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Blowin' in the Wind 2012
                          
いっちゃん東海道を歩く・・

国道1号線に出て「あんまき」の大きな看板の出ているドライブインからバス移動となる。

国道1号線から旧東海道の松並木に入り来迎寺一里塚を車窓から眺め「八橋無量寺道標」から北へ700m程のところで下車、在原(ざいげん)寺・根上りの松・八橋伝説地・業平供養塔等「八橋の歴史ウオッチング」のコースを歩き、在原業平が愛した「八橋のかきつばた」の名勝地である無量寿寺まで歩く。
2012.10.28 岡崎宿(矢作橋)~知立    歌川広重が描いた東海道53次はこちらでどうぞ
           
 池鯉鮒首夏馬市