桶川駅前(東口)
遍照寺・山門 遍照寺・本堂 十一面千手観音 欄間の絵画

桶川駅を出ると歩道橋を降りたところに母と子の像がある。歩道を渡り信号から右折すると突当りに、本尊が十一面千手観音で、室町時代創建の
遍照院がある。本堂にあげていただきいただきお坊さんの話を聞く。仏教と密教の違い、本来の本尊は不動明王(現在京都で制作中)であること、
十一面千手観音の話等興味深く聞いた。境内墓地には江戸時代に聚正義塾を開いた山崎武平治の墓、「廊室妙顔信女」の戒名が彫られた「
孝女
お玉の墓
」がある。
孝女お玉 : 越後に生まれたお玉は、幼少から親思いの篤い子であったが、家は貧しく、このため、1820年(文政3年)11才で上尾宿の大村楼の
遊女となった。
心優しく美しかったので客の評判も高かったが、わずか25才で病にかかり亡くなってしまった。大村楼の主人が、日頃ごろのお玉の
孝心に心打たれ、ここに立派な墓を建てた。

山崎武平治の墓 お玉の墓
道標

庚申塔
「文楽」の東蔵

この時代の遊女は、死ねば無縁仏となって小さな石塔に名を刻まれるだけという扱いであった。誰からも愛されたお玉の人柄が偲ばれる。
元の道に戻り、その先図書館西信号丁字路の右角に、側面に「上尾上町講中」と刻まれた古い庚申塔(1745年)「上町庚申塔」があり、 その先
には老舗の造り酒屋の「東蔵」の現代的なビルのお店がある。「文楽」と言う銘柄の酒が有名だそうだ。

平成の道標 須田家の門 庚申塔 桶川市に入る
木戸址

緑丘地下横断道信号交差点手前右角に、「中山道上尾宿・平成の道標」碑と屋根に鍾馗さま像の「上尾宿歴史・マップ」平成の道標がある。
ここは木戸があったところで、宿場はここで終わり。 宿場通りを過ぎ約13分の、北上尾駅入口信号交差点(写真中)を進む。交差点左方突当りに、
JR
北上尾駅がある。この先、街道右側には武州紅花仲買問屋の須田家がある。案内板等はなく入り口は分かりずらい。緑町丁目4の信号手前
100mほどにある。信号手前の黒い板塀が目印になる。

藤倉家の鐘馗様 秋山ビル 武村旅館 旅籠案内板 淨念寺・山門

桶川市内に入ると見覚えのある街並みとなる。数年前に「駅からハイキング」で歩いたところである。
富士見通りの交差点手前右側には小さな祠に庚申供養塔がある。
久保西信号を直進すると右側に「下の木戸址碑があり桶川宿の入り口となる。
交差点右側に、屋根に鍾馗さま像の藤倉家。宿場通り左前方に、火の見櫓があり、その先右側に、紅花商人としても知られた伊勢茂穀物問屋跡
の秋山ビル、さらに先の左側に、「旅籠」の案内板のある「武村旅館」現在もビジネスホテルとして営業中。内部は当時の名残りがっている。
女将がいれば案内してくれるそうだが・・声をかけたが、生憎と留守だった。

淨念寺 仁王像 不動明王 板碑 道標

すぐ先の小路を左折すると、突当りに朱の仁王門。「寺鐘」が「桶川宿の時の鐘」と言われる1546年(天文15年)創建の浄念寺がある。
仁王門、不動明王像、釈迦像、板碑と見応えのあるものが多くある。桶川市内最古の建造物だそうだ。時の鐘の梵鐘は戦時中は供出され、現在
の梵鐘は戦後復元された鐘である。

桶川町道路元標 島村家・土蔵 茶屋(島村屋) 矢部家 小林材木店

「中山道・桶川宿」の道標、「桶川町道路元標」のある桶川駅前信号交差点を直進する。右側の「お助け蔵」看板の右脇の小路を入ると、穀物問屋
「木嶋屋」の総本家・島村家の、1863年(天保7年)建築木造3階建て土蔵がある。以前にも話は聞いたが8代目当主の話は面白い・・
代々使われた日用調度品が並べられている。蔵の壁、松の梁、天保時代の階段、雛人形、当時の新聞等興味深く見ることができる。

お助け蔵 : この土蔵の建築工事は、天保大飢饉にあえぐ人々に仕事を与え、その報酬で多くの民が餓えから救われたことから「お助け蔵」と呼ば
れるようになった。

府川本陣遺構 道標 稲荷神社
大盤石
檜の祠のお稲荷さん

街道に出るとさらに右側には老舗のお茶屋の店内には茶壺が置かれ、矢部家の蔵造り建物、向かいには小林材木店跡の喫茶店が並ぶ。
桶川宿に入ると昔の街道、宿場町の風情を感じさせるものが増えてくる。矢部家の先には府川本陣遺構がある。年に数回(1回)程度内部の公開
があるように聞いた。ここは「皇女和宮」が江戸へ下る時に宿として利用したことでも有名である。明治天皇も宿泊したと言う部屋は現在もそのまま
残されているそうである。すぐ脇の街道の両側には脇本陣があったと説明にはあるが、それらしき案内板はなかった。
中山道宿場館で小休止・・桶川宿の案内ビデオを観る。向かいの狭い道を入ると稲荷神社がある。土地柄か「紅花商人」から寄進された対の大きな
灯篭がある。境内には「大盤石」と言われる610Kgもの力石がある。説明板には持ち上げた様子が描かれているが・・


市場跡の碑
大雲禅寺・山門 大雲禅寺・本堂 お女郎地蔵(右端) 背中に打たれた
カスガイ

街道に戻り、左側駐車場前に、「中山道・桶川宿」案内板。続いて左側東和銀行前に、宿の繁栄をもたらしていた「五十の市」と人々を守る神様と
して祀られた「市神社の跡」碑がある。

その先左側に、山門・本堂の美しい大雲禅寺がある。この寺を有名にした、寺より有名な地蔵が本堂脇に1713年(正徳3)建立されている「女郎
買い地蔵」がある。

女郎買い地蔵 : この地蔵が夜な夜な飯盛り女に会いに出るので、和尚が地蔵の背中にカスガイを打ちつけ鎖に繋いだ。カスガイは地蔵の背中
残っているが鎖はない。これは和尚が寺の小僧の夜遊びを戒めたものだそうだ・・見学のご婦人たちは「男って、いつの時代も同じネ・・」と・・


一里塚跡
赤レンガ倉庫 薬師如来
中山道・桶川宿石碑

東松山への道標

北町一丁目の歩道橋には一里塚跡の案内板が張られている。かつて石碑があったが、交通事故で壊されてしまい。復元されず「案内板」のみに
なっている。歩道橋を渡ると、現在も現役で使われている「赤レンガ倉庫がある。
街道に戻り、その先桶川市役所入口信号交差点手前右側に、「木戸址」の碑と薬師様を祀った祠があり桶川宿はここで終わりとなる。
交差点右側コーナーには「中山道桶川宿碑」。交差する通りが「松山道」で東松山への街道である。左に少し行き桶川小学校の敷地に「松山道道標」
がある。かつては手前の交差点にあったが交通事故で壊されその後修復され移転された。



今日のコースは JR上尾駅→遍照院→上町庚申塔→東蔵→平成の道標→JR北上尾駅入口→須田家→庚申塔→下の木戸址→火の見櫓→
  武村旅館→淨念寺→矢部家→小林材木店→府川本陣遺構→脇本陣跡→中山道宿場館→稲荷神社→市神社の跡→大雲禅寺→一里塚跡→
  赤レンガ倉庫→木戸址・薬師堂→中山道桶川宿碑→松山道道標→
JR桶川駅

 クラブツーリズム 「街道を歩く 中山道69次 第6回 上尾宿〜桶川」 街道案内人 大野正實 歴史講師

Blowin' in the Wind 2011
                          
いっちゃん中山道を歩く・・
2011. 5.10 上尾宿〜桶川    歌川広重渓斎英泉とが描いた中山道69次はこちらでどうぞ

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   上尾宿から桶川宿へ

桶川宿:参勤交代が確立した1635年(寛永12)頃に宿場が設置された。上尾宿からわずか3.7Km(34丁)という距離
であったが、日本橋から約41Km(10里14丁)という宿場町としては絶好の位置にあった。同じような位置にある上尾宿
よりは旅籠が多かった。また農産物の集散地として賑わい、穀物問屋が多かった。
特に桶川臙脂(えんじ)と呼ばれた紅花は、山形最上紅花に次いで全国第2位の生産量を誇っていた。

紅花の栽培は、桶川郷(現上尾市)の農家の七五郎が、江戸小間物問屋「柳屋」から紅花の種を譲り受け栽培したのが始
まりと、江戸の勘定奉行の記録に記されている。


 本陣 1軒 脇本陣 2軒 旅籠36軒