東日本大震災・・ 現体験でしか学べないこと・・


                2011. 3.11 14時46分発生 木更津では14時50分頃でした。

 
居間の照明
食卓の照明

 
 3月11日 大地震発生・・震度5強

  風は冷たいものの、陽射しは暖かく、久しぶりに家の中で冬眠していた花たちに日光浴をさせ、水やりをしていた
  ところ、携帯ラジオで地震発生の放送を聞いて、間もなく小さな揺れから、60数年の人生で初めての大きな揺れを
  経験・・外では立っていられない状態で門柱につかまっているのが精一杯、近所の人たちも外に出てくる状況でした。
  外では立っていられなく自宅の門柱(鉄筋あり)につかまっていました。
  散歩途中の人は座り込み、裸足で飛び出す人、玄関の柱にしがみついて動けない人・・

  揺れが収まってしばらくしてから2度目の揺れ・・家の中を点検している時でした。
  2階の窓は開いてしまい、キッチンのシンクの引き出しは、すべて飛び出している状況・・吊り鉢が一つ落ちて泥が飛び
  散っていた。2度目の揺れでは大きく揺れる照明を押さえていた。
  家の中を点検し、安全を確認してから「家族への連絡」・・携帯電話、固定電話は使用できず。少し待つことにする。
  カメラの望遠レンズを使い屋根、壁の点検をしてとりあえず異常はないようです。
  テレビはすべて地震関連の放送・・津波の恐ろしさを感じさせられました。

  一段落して(揺れは続いているが)「緊急持ち出し袋(リュック)」を押入れから出し、中身のチェックをする。
  毎年、防災の日に中身のチェックをしているが、懐中電灯が(電池電球を変えても)使えなかった。

  家族との連絡がすべて取れて無事が確認できたのは18時30分でした。すべて携帯mailによるものでした。
  一晩中、小さな揺れが断続的に続いています。

  地震発生後、気遣いのmailも届きました。ご心配かけました。ありがとうございました。

 
排水路の水門
船溜まりの水門
港の防潮堤

 
 3月12日 
  木更津は港近辺が津波で海水があふれていました。河口の水門が閉められていたので、住宅地には被害なし。
  今日も14時頃防災スピーカーで津波警報が出されていました。
  ラジオの「ライフライン情報」で物流が滞り、スーパー・コンビニで品薄がみられるとの情報があったので午後、
  スーパーに買い物に行ってきました。
  手早く使える「惣菜」「レトルト食品」は商品棚から消えていました。大きな被害のなかった場所で、この状態なので
  被害のあった所は大変だと思います。冷蔵庫には4・5日分の備蓄があります。
  東京電力から3時間程度の「輪番停電」の情報も出て、オール電化になっている我が家では停電時の対応ができ
  ない状態です。とりあえず13日は回避と報道があったので、明日、対応を考えます。

  とりあえず、石油ストーブ1台、カセットコンロ1台を出し、点火、燃焼状態の確認をする。炬燵に湯たんぽを入れ暖を
  とってみる・・意外と暖かい。夜の停電実施であれば寝るしかないだろう・・
  明日からは子供たちが出勤(JRは運休のようだ)なので、様子を見ながら自宅待機が続きそうです。
  
  大小の余震が間断なく起こる。地震・津波のニュースの最中にテレビ・ラジオ、携帯の「緊急地震速報」がやまない。
  眠れないので夜は携帯の電源を切ったが、結局・・揺れで起こされる。

河口の船溜まり 河口の公園 木更津漁港 矢那川遊歩道
 
止まった時計


 3月13日 防災無線

  当地域は「6時20分から3時間程度」「16時20分から3時間程度」の計画停電が14日から実施されることに
  なりました。朝食時間帯・出勤時間帯と夕食の仕度時間帯・帰宅時間帯になります。家族で確認しました。
  一番困るのが冷蔵庫です・・我が家では大型の保冷剤と停電中の開閉を極力しないことで対応することに・・。

  幸い自分が家にいるので長時間停電にも対応できます。解除後の電力使用が一気に上がるのが心配です。
  この停電が続く間は生活パターンを変えなければなりません。関東・東北すべてとなります。
  みんなで協力することが、大きな混乱を防ぎ、1日も早い復旧になる事と考えています。

  一軒先に消防車が来た(サイレンは鳴っていない)、火事?事故?心配になり消防士に聞いてみた。
  「一人暮らし世帯の点検に来た」との事・・家の中からの避難となるルートの確認と障害物の片づけをしていた。
  自分の事で精一杯で、周りの事に気が回らなかった自分に気が付いた。

  大きな被害を受けた地域にたくさんの歩友がいます。携帯が今できる唯一の連絡手段と思います。現地の停電が
  回復してから連絡させていただきます。

倒壊・壊れた灯篭 吾妻神社境内 倒壊した灯篭 倒壊・撤去された街灯
 
営業休止
運休のお知らせ

 
 3月14日 計画停電

  午前中に木更津駐屯地より「災害救援」の幕を付けた大型トラックが出発し、大型ヘリも飛び立って行きました。
  ウオーキングを兼ねて市内のコンビニ・スーパーを回ってきました。昨夜の市の防災無線で流された「計画停電」
  で懐中電灯・乾電池は売切れ・・どこにもありませんでした。
  正確な情報源によると、生活必要物資は被災地に向いているようです。
  日を追って被災地の悲惨さが目に入ってきます。当面、今あるもので工夫して過ごすしかないのかなと考ています。
  ガソリンは早い所で朝、午後にはほとんどのスタンドで「売切れ」となっています。給油のできるスタンド周辺は
  道路の渋滞が発生しています。一回の給料は15Lまたは2000円までとなっています。
  シャッターの下りたままのJR木更津駅では「計画停電」の予定があるうちは「運休」との話を聞きました。
  今日、予定されていた「計画停電」回避されましたが、明日は15時20分から19時までの間の3時間が予定されて
  いると、防災無線で流されました。
  防災無線を通じて「停電のお知らせ」が流されています。

 

 3月14日 物がなくなる・

  6時50分に今朝の第一グループの停電は回避されました。予定時間までに朝食の準備は済ませ、早朝散歩を兼ね
  て電池等の買い物に出かけてきましたが、コンビニには電池を含めて品物がありません。昨夜、防災無線があった
  時点で売り切れとの事。
  電力の需要量によって次を決めるとの放送がありました。
  期待はできないが、10時開店のスーパー、電気店を回ってみることとする。。
  千葉県・茨城県は物流が止まっている(発着を受け付けない)ので次の入荷は1週間後以降になるとの話でした。
  不便ですが・・仕方ないです。卓上コンロが2個・・停電の時間によってはこれが大活躍しそうです。
  キャンプ気分で過ごしましょう・・
  内房線は全面運休となっています。ガソリンも品薄・・買い物等も車は控え遠くへは自転車、近くはウオーキング
  です。

 
災害支援
内房線

 
 3月15日 計画停電実施

  

  早朝6時前に自衛隊の救援トラックの車列が出発して行きました。手を振り「頑張って!」とエールを送りました。
  隊員さんも笑顔で手を振っていました。頼もしく感じました。
  解消されると思います。あわてず・あせらず、様子を見てゆきたいと考えています。

  
  時間はわからないのですが、内房線は木更津・千葉間が1時間に一本程度運行できると防災無線で放送がある。
  地震の映像を見ると家屋の被害は少なかったようです。改めて津波のエネルギーの凄まじさには驚くばかりです。
  木更津の港の防潮堤を超えて一部は公園まで水とヘドロが流れ出ていました。転覆した舟の引き揚げ作業をして
  いた人の話では、海が盛り上がってきたと言っていました。
  東京湾では0.9mから1.6mを観測したとの事・・。
  

  我が家は陸上自衛隊駐屯地の滑走路の先が東京湾です。春の大潮と南風、大雨・台風等が重なると海水は溢れ

      出てきます。海岸から滑走路を経て直線で約1Kmの距離の我が家・・房総沖、東海沖、南海沖大地震が発生し、
  津波警報が出た時は相当な覚悟をしなければと考えています。

  一昨日のラジオでは北関東が救助の空白に入っていると放送しており、テレビでも北関東・大洗、千葉の旭地区の
  被害状況も放送していました。
  新聞報道では近隣の自衛隊が救助・復旧に入っていると記事には書かれていました。


  今日は初めての「計画停電」が木更津でも実施されました。16時過ぎからから18時過ぎまでの約2時間でした。
  停電したのはいつだったか?はるかかなたのことかな?何十年ぶり?の経験でした。
  夕方の時間帯なので、午前中に家事・夕食の準備を済ませ準備(???)万端でした。
  この時間に家に中にいてもすることもないので停電の街を散歩して来ました。
  コンビニ・商店、スーパーは臨時休業・・時間的にそのまま閉店とするところもありました。

  消えた信号にクラクションもなく、譲り合い・歩行者優先の素晴らしいマナーでした。いつもこうだといいのですが・・
  帰宅後は携帯ラジオにロウソクの火で静かに過ごすことになりました。あと一時間か・・と言うところで解除、電気の
  明るさをうれしく感じることとなりました。
  停電解除後は意外と面倒な電話機・電気製品、操作パネルの再設定が待っていました。
  明日は12時20分頃から16時頃までの間の3時間の予定です。

消えた信号 大潮の満潮時 滑走路の先は海 ろうそくで・・
 
好きな場所・・

 
 3月16日
 大きな揺れ・・

  昨晩、10時30分過ぎに大きな揺れがありました。静岡・富士宮では震度6の揺れだったとの事、千葉県南部は
  震度4の揺れ・・ちょうどベットに入った時でした。
  ラジオのスイッチを入れるっと震源地は静岡で震度6・・横になっていた事と、2階だったので揺れは大きく感じました。
  東海沖地震発生??誰もがそう思ったのでは。今朝の報道では東北沖とは関連はないとの事、一安心です。
  東北沖の余震・茨城沖地震・千葉県東方沖、長野中部そして静岡・・大小の揺れが一日中です。小さな揺れは余り
  感じなくなってきています。揺れに対する「慣れ」が怖いです。
  計画停電への対応は済みました。明日・明後日は一日2回あるので家を空けられないかな・・

 
夕暮れの富士

 
 3月17日
  大きな余震もなく計画停電もスムーズに行われ、平穏な一日が過ぎようとしていましたが、先ほど21時40分ごろ
  千葉県東方沖を震源の地震がありました。千葉県南部・木更津は震度3でした。
  部屋の照明が久しぶりに大きく揺れました。
  計画停電は一回、約3時間・・家にいてもすることがないので、遠くへ行かず(大きな地震があった場合すぐ戻れる
  よう)近所を散歩しています。
  今日は北西の季節風が強く寒い一日でしたが、その分富士山が綺麗な姿を見せてくれました。
  寒く冷たい風の中でも春を告げる花は咲き始めてきています。


 
少年野球・・

 
 3月18日

  大きなな被害のないところでも、余震やら計画停電・・いつの間にか一週間が経ちました。報道も地震・津波の
  被害の放送から被災者の声、支援物資が届き始めたと少しずつですが明るい希望のもてるものになってきました。
  人の強さを感じています。
  お友達が被害にあわれても健気に頑張られているとの事、道のりはとても長いと思いますが、一日も早い復興を
  願っています。
  こちらでできることは小さな事ばかりですが・・今、自分たちに出来ることで精一杯応援しようと考えています。

 
CWA総会

 3月20日

  CWAの総会の日である。予定通り開催されるとの連絡があり出席する。受付では義援金の募金を募っていた。

  とりあえず手持ちの小銭入れの中身を全て募金する。

  どの程度の出席があるか心配したが、総会は成立はしたとの報告もあった。開催中にも揺れを感じザワザワする。

  午後からの総会ウオークは賛否両論があったようだが実施された。旗を立て団体で歩く気分にもなれないので
  総会後は
墓の点検を兼ねての父母の墓参り、地震の墓地全体の被害もなく叔父の墓と共に無事であった。
  叔母にもその旨、電話で報告した。

 
10ヶ条・・


 3月22日

  ここ2、3日落ち着いているかなと思っていたら、今日は大きな余震を3回感じました。気象庁の発表は4・2・2で
  したが、感じた揺れはもう少し大きかったようです。 (我が家には地震に異常に反応する人が一人・・しばらくは
  そばにないと危ないのです)
  今日は一日中冷たい雨が降り続き・・気晴らしもできず家に閉じこもりでした。発生から10日余りが過ぎ、毎日の
  報道も悲惨で暗いニュースから明るいニュースも流れてきて、気持ちも少しは安らいできています。
  今日の朝刊に「被災地でボランティアをする10か条」と言う記事が掲載されていました。
  生半可な気持ち、体力では行けない・・そう感じさせる内容でした。今自分に出来ること・・
  義援金の準備をしました。20日に出かけた時に「・・・に行ったつもりで」と気持ちを募金してきました。今、手元に
  ある「釣銭貯金=歩き・旅行費用の足にしている」を金種別に支分け、持ってゆく準備をしました。
  当初、無計画停電と言われた「計画停電」にも慣れ、生活ペースは停電時間に合わせています。昼間・夜間にも
  救急・消防、警察車両のサイレンも聞く事無く、平穏です。

  暗い話が多い中・・明るい話も・・わが体内に備蓄してきた「脂肪」も日々のウオーキングと地震による耐乏(アル
  コールのみですが・・)生活により効率的に消費され、理想(標準)体重に近づきつつあります。

 
節電・JR千葉駅
 
 3月25日

      JRの各駅も節電で照明がかなり消されている。コンコースはいいが、ホーム上では危なそうなところもあった。

      たぶん、電気系統が一系統ですべて消えてしまうのだろう。        

      コンビニ・スーパー・商店、銀行も節電で暗い・・あるコンビニは停電?と思うほど暗かった.

      近所もそれぞれ節電で電気の点いている部屋はほとんど一部屋程度、門燈・玄関灯は点いていない。

     計画停電が始まってから電気が点いていない、灯りがないと言うだけで気持ちも暗くなるが・・仕方ないか・・


 
中継コーナー
 

 3月30日

  ニッポン放送「垣花正・あなたとはっぴー」の中継コーナー・それゆけハッピー「飯田コージの外はおまかせ!」の
  中継が木更津駅西口、光明寺で中継・・内房線・木更津では2度目です。
  東日本大震災の義援金はニッポン放送に届けるつもりでいたのですが、中継があったので今日届けました。
  いわゆる「おつり貯金」です。毎晩、小銭入れの中の硬貨を「純」の大瓶に貯めたものです。結構な金額になります。
  今日持って行った義援金は募金箱の口から入らず、上蓋を開けてもらい成就・・しました。
  いつもは旅行・歩きの大会費用の一部にするのですが、今年は「復興がんばれ!」の義援金にしました。
  集まった人は前回より少なかったのですが、善意の義援金はたくさん集まったようです。

  今できることは、義援金を贈ること。今春は東北の桜を見に行くつもりでした。その分の費用の一部も義援金に・・。

 
おつかれさま・・

 3月31日

  この日は裕美の定年退職の日である・・3月11日が送別会であった。その後日延べ日延べで3月中には壮瞥会も
  できず、
4月になってからだそうだ・・会社としても非常事態・・仕方ない。送る側、送られる側にとっても中途半端で
  ある。
二人の子供の育児休暇を取り、いつの間にかの30数年・・お疲れ様でした。

 4月1日

  この時期に発症する乾燥肌(かゆい・かゆい)の治療のため皮膚科に通院。いつもより混んでいた。

  混んでいる理由は「アレルギー」だそうだ・・何の?大震災以来、毎日流されている、地震・津波そして原発のニュース
  が
原因でのストレスからアレルギーを発症している人が増えて通院治療しているそうである。

  当初は朝から晩まで津波の映像であった。

  石井さんはこの時期になると毎年発症するアレルギーですね・・赤外線と塗り薬、飲み薬を処方してもらう。

  3月下旬の後半になると木更津では体に感じる余震は少なくなった。